書籍目録

『和漢音釋書言字考』(日本叢書第2巻)/『日本叢書序論』

槙島昭武 / シーボルト / ホフマン / 郭成章

『和漢音釋書言字考』(日本叢書第2巻)/『日本叢書序論』

2作品合冊 1835年 / 1841年 ライデン刊

Makisima, Terutake / Siebold, Philipp Franz von / Hoffmann, Johann Joseph / Kuo, Ch’en-chang.

WA KAN WON SEKI SIO GEN ZI KO, THESAURUS LINGUAE JAPONICAE, …[bound with] ISAGOGE IN BIBLIOTHECAM JAPONICAM ET STUDIUM LITERARUM JAPONICARUM.

Lugduni Batavorum (Leiden), Ex officina editoris (private press), 1835 / 1841. <AB2020179>

Reserved

(Bibliotheca Japonica 2)

2 works bound in 1 vol. Folio (26.7 cm x 37.0 cm), 1 plate(portrait of Kuo), TItle., 1 plate, pp.1-148, 161-168, 149-160(MISBOUND), pp.169-227, 2 leaves(Plates), [bound with] Series Title., Title., 1 leaf(advertisement), pp.[I], II-XVII, 1 leaf(author’s preface), Contemporary cloth, roughly rebound.
刊行当時のものと思われるクロス装丁だが、後年に修復(再装丁)がなされているようでその際にいくつかのページの綴じ間違いあり。染みが見られる箇所が散見されるが、テキストの判読に支障はなく、全体として概ね良好な状態。 [NCID: BB22232088]

Information

江戸中期から後期にかけて長く親しまれた節用集を改編して翻刻、詳細な解説を付してライデンで刊行

 本書は、シーボルト(Philipp Franz Balthasar von Siebold, 1796 - 1866)と、シーボルトの弟子で当時のオランダのみならず、ヨーロッパを代表する東洋学者であったホフマン(Johann Joseph Hoffmann, 1805 - 1878)、さらにシーボルトのもとで中国語やマレー語の読解に尽力した郭成章によって刊行された作品で、江戸時代を通じて広く長く親しまれた節用集(用語、漢字辞書)である槙島昭武『和漢音釋書言字考』の翻刻、ならびに同書に基づいた日本語の解説書です。『日本叢書(Bibliotheca Japonica)』と題した全6巻からなる叢書の第2巻として、1835年と1841年にライデンで刊行されています。江戸時代における節用集のベストセラーの一つである作品を、和本の体裁そのままに翻刻して収録していることが大きな特徴で、鎖国下においても江戸文化の一つである「節用集」がユニークな形でヨーロッパに伝えられていたことを教えてくれる大変興味深い作品です。

 シーボルトは日本から帰国する際に大量の書物や地図を持ち帰ったことは非常に良く知られていますが、それらを自身で読解することは難しかったため、助手のホフマンや郭成章の大きな助力のもとに読解と研究を重ねていきました。その過程で自身が大変な苦労をしたこともあってか、当時の大半のヨーロッパの人々にとって全く未知の言語であった日本語の知識を提供するための叢書『日本叢書』を刊行を、大著『NIPPON』の分冊刊行と並行して、1834年頃から始めています。この叢書は、『日本叢書、あるいは日本の文字を解さない人々が用いるため(に役立つ)日本と中国の作品選集』(Bibliotheca Japonica, sive selecta quadam opera Sinico-Japonica in usum eroum, qui literis Japonicis vacant…)という表題からも分かるように、シーボルトが持ち帰った、あるいはそれまでのオランダ商館関係者が持ち帰っていた和書、漢籍、朝鮮本を活用して、日本語の読解の手助けとなるような作品を選び出し、それらの翻刻と解説を試みた企画です。単なる日本語の解説だけでなく、当時のヨーロッパでは著しく入手が困難であった和書、漢籍、朝鮮本の翻刻を試みていることが大きな特徴で、まだ日本語の漢字がなかったため全て銅版で原著テキストを転載して収録するという途方もない手間とコストがかけられています。その膨大な手間とコストのため、画期的な作品であるにも関わらず各巻がわずか100部程度しか出版されなかったとされており、現在では入手することが大変難しくなっている作品でもあります。この叢書は、次のような全6巻が順次刊行されました。

『日本叢書、あるいは日本の文字を解さない人々が用いるため(に役立つ)日本と中国の作品選集』
(Bibliotheca Japonica, sive selecta quadam opera Sinico-Japonica in usum eroum, qui literis Japonicis vacant…)

第1巻
『新増字林玉篇』(1834年)
Sin zoo zi lin giok hen, Novus et auctus literarum ideographicarum thesauris, …1834.

第2巻(本書)
『和漢音釋書言字考』(1841年)
Wa kan won seki sjo gen ziko, Thesaurus linguae Japonicae,…1841.

第3巻
『千字文、1,000の表意文字』(1840年)
Tsiän dsü wen, sive Mille literae ideographicae…1849.

第4巻
『類合、あるいは朝鮮語に翻訳された中国語彙集』(1838年)
Lui ho, sive Vocabularium Sinense in Kôraïnum conversum…1838.

第5巻
『日本輿地路程全図に基づく日本列島地図』(1835年?)
Insularum Japonicarum tabulae geographicae secundum opus Nippon jo tsi roo tei sen tsu. 1835?

第6巻
『和年契』(1842年)
Wa nen kei, sive succincti Annales Japonici,…[1842]

 本書で翻刻されている、槙島昭武の『和漢音釋書言字考』は、確認できる限りでは享保2年(1717年)の刊行年表記があるものが最初の版で、それ以降、明和3年(1766年)をはじめとして江戸中期から後期にかけて幾度も再版され続けており、幕末の文久元年(1861年)に至るまで読み継がれたベストセラー作品です。その内容については下記のように評されています。

「要するに書記する文献にも、口頭の言語においても、文字の知識が必要であるが、その文字をいかに正しく書くか、いかに正しく解釈するかを考えたところの節用集という意味であろう。
 なお節用集であるから、難解の文字を読むための字書ではなく、書くために、知らない文字を求めるのにその目的があったことは無論である。しかしまた冊子によって分類体をなしているから、百科辞書的に、関係事項の周辺を読むための辞書として、一般衆庶の教科書の役を果たしたことも当然考えられる。」
(中田悦夫 / 小林祥次郎『改訂新版 書言字考節用集研究ならびに索引』勉誠出版、2006年、14ページより)

「分類体をなしている」とあるのは、節用集というジャンルの書物に特徴的な、分野、項目毎に「いろは順」に語を配置して収録するという構成のことで、全10巻(13冊)からなる『和漢音釋書言字考』の原著では、下記のような構成をとっています。

* 第1冊:乾坤(第1巻) 
* 第2冊:乾坤・時候(第2巻)
* 第3冊:神祇・官位(第3巻)
* 第4冊:人倫(第4巻)
* 第5冊:肢体・気形(第5巻)
* 第6冊:生殖(第6巻上)
* 第7冊:服飾(第6巻下)
* 第8冊:器財(第7巻)
* 第9冊:言辞(第8巻上)
* 第10冊:言辞(第8巻下)
* 第11冊:言辞(第9巻上)
* 第12冊:言辞(第9巻下)
* 第13冊:数量・姓氏(第10巻)
(前掲書15ページを参照して作成)

 著者の槙島昭武(生年不明〜享保16(1731)年)は武蔵国(埼玉県)の武家出身で、江戸に出て近江国膳所の本多家に仕えたのちに職を辞して著述に専念したと伝えられています。本書以外にも『北越軍談』や『近史余談』、『関八州古戦録』といった歴史書をはじめとして、写本、刊本で多くの作品を残したことが知られています。本書は槙島昭武の主著の一つで、彼の刊本作品としては上述のように幕末まで長く読み継がれるベストセラーとなりました。槙島の優れた学識が存分に活かされ、それまでの節用集に見られた構成をよく理解した上で槙島独自の工夫が凝らされたことによって、本書は多くの人々にとって大変使い勝手の良い節用集として長きにわたって親しまれたのではないかと思われます。このように江戸の庶民に広く、長く親しまれていた作品だけに、シーボルトが来日した際に同書を入手することは比較的簡単だったのではないかと思われます。

 本書は全4部で構成されており、ラテン語のテキストは通常の洋書と同じく左開きで、『和漢音釋書言字考』の翻刻と図表については、和本に倣って右開きとなっていて、両開きの造本となっています。それぞれに別々のタイトルページが設けられていて『和漢音釋書言字考』には1835年の刊行年表記があり、ラテン語テキストには1841年の刊行年表記があることから、当初は翻刻パートだけが先に刊行され、のちに解説編としてラテン語テキストが刊行されたものと思われ、本書では両書が1冊に綴じられています。ラテン語テキストは、冒頭にシーボルトによる『日本叢書』全体の解説が置かれていて、ここではこの叢書の意義や概要だけでなく、西洋人による日本語研究の歴史と現状、課題、シーボルトによる発見と考察など、日本語に関して多岐にわたるテーマが論じられていて、独立した小論としても興味深い内容となっています。続いてホフマンによる『和漢音釋書言字考』の解説が収録されていて、ここではシーボルトよりもはるかに日本語能力が高かったと評されているホフマンによる日本語解説や、本書、ひいては節用集という書物の特徴や構成などについての基本的な説明がなされており、読者が翻刻パートをどのように活用することで日本語が理解できるようになるかを丁寧に述べているようです。こうしたラテン語による解説は、それぞれが優れた西洋人による日本語論としても価値ある内容であると言えるでしょう。両者による解説に続いては、『和漢音釋書言字考』の原著者である槙島昭武の序文がラテン語に翻訳されて掲載されています。この槙島による序文は1698年の日付となっています。

 右開きで綴じられている『和漢音釋書言字考』は、冒頭漢字とラテン語によるタイトルページが設けられており、そこには本書の翻刻に際して必要不可欠な協力を惜しまなかった郭成章の名前が明記されており、またタイトルページに続いては郭成章の肖像リトグラフが綴じ込まれています。また、この郭成章の肖像画は本来『NIPPON』に収録されていた一枚の図版ですが、おそらく旧蔵者が製本時に独自に綴じ込んだものと思われます。また、ドイツを代表する言語学者であるフンボルト(Friedrich Wilhelm Christian Karl Fredinand Freiher von Humboldt, 1767 - 1835)に敬意を表したと思われるモニュメントを描いた図版も綴じ込まれており、こちらも郭成章の肖像画と同じく、旧蔵者によって綴じ込まれたものと思われます。

 これらに続いて原著の翻刻パートが始まっていますが、原著とは大きさも全く異なる用紙のため、いわゆる「コピー」ではなく、原著の内容はそのままに新た版(銅版)を製作しており、原著とは版組が全く異なっています。また、その内容をよく見てみると、原著の構成を忠実に再現しているのではなく、「日本語読解能力の促進」を目的とする本書本来の目的に沿うように、構成が大胆に変更されていることに気が付きます。原著では、先に見たように、乾坤、神祇などからなる分野を主項目に立て、各項目のもとに「いろは順」に従って語彙が収録されていますが、この翻刻版では、「いろは」を主項目に立て、そのもとに各部門ごとに整理された語彙が収録されるという構成に変更されています。これは、節用集本来の目的からすれば、調べたい語の種類(分類)から探せるような構成が望ましいのに対して、シーボルトらが『日本叢書』で意図する日本語学習を主目的とするならば、「いろは順」に全ての項目が配置されている方が理解しやすい、という目的の違いによるものだと考えられます。逆に言えば、ホフマンは『和漢音釋書言字考』を翻刻するに際して、単にその内容を日本語で理解していたというだけでなく、その構成や用途、節用集という書物の性質をよく理解していたことを示しており、また自身の目的のためには、原著をどのようすれば改編すればよいのかを明確に理解していたことを示しています。その意味では、ホフマンらの日本語理解、書物理解は相当の水準にあったと言ってよいでしょう。本文の翻刻の末尾には「いろは」の一覧が2枚の図版として収録されており、これはもちろん原著にはないもので、読者の日本語学習用にホフマンが独自に付け加えたものです。

 本書はこのように、江戸中期から後期にかけて江戸の庶民に広く、長く親しまれた節用集である『和漢音釋書言字考』をホフマン、シーボルトという当時のヨーロッパを代表する日本研究者が詳細に解説し、郭成章の大きな助力を得て、独自の改編を施した上で翻刻を行ったという、鎖国下における江戸とヨーロッパとの結びつきを伝える大変興味深い作品です。上述したように刊行部数が極めて少なかったことが災いして現在のヨーロッパの古書市場でも見つけることが極めて難しい作品になっており、その希少性においても貴重な一冊と言えます。本書はごく最近になって日本国内のインターネット・オークションに売りに出され、その後国内古書店の手を経て当店の元に辿り着いた一冊です。今日ではヨーロッパでも入手が極めて難しい作品が意外にも国内で見つかるという稀有な一例でしょう。

刊行当時のものと思われるクロス装丁だが、後年に修復(再装丁)がなされているようでその際にいくつかのページの綴じ間違いが生じている。
見返しにはマーブル紙が用いられている。
冒頭に置かれてる郭成章の肖像画は、本来シーボルトの大著『NIPPON』に収録されている図版で、旧蔵者によって製本時に綴じ込まれたものと思われる。
翻刻編のタイトルページ。翻刻編は原著と同じく右開きで綴じられている。シーボルトによる私家版として刊行されていて、厚みのある高級紙が用いられている。刊行のために膨大なコストと手間がかかったことが推察される。
タイトルページに続いて綴じ込まれている図版は言語学者フンボルトを顕彰したモニュメントを描いているが、この図が本書に元々収録されるべきものであるのかについては不明。
翻刻編冒頭箇所。原著の内容を忠実に翻刻しつつ、語彙を分野別に配列するのではなく、いろは順に配列し直しており、日本語学習書としての有用性が高まるよう工夫されている。
ページ上部にカタカナで「ロ」と記されているのは、翻刻版独自の工夫と思われる。
200ページ以上にわたる翻刻版を制作する苦労とコストは膨大なものであったと思われる。
翻刻編末尾。
本文に続いて2枚のいろは表が収録されており、これももちろん原著にはなく、日本語学習という目的のために、本書で新たに付け加えられたもの。
ラテン語テキストは通常の要所と同じ左開きでとじられており、1冊の書物が両開きとなる造りになっている。
『日本叢書』は全6巻からなる、日本語学習のために企画されたシリーズで、本書はその第2巻にあたる。ラテン語解説の刊行年は1841年となっており、1835年に刊行された翻刻編より遅れて別個に刊行されたものと思われる。
シーボルトによる『日本叢書』全体の解説が冒頭に掲載されている。
当時刊行されていたシーボルトの編著作一覧が挿入されており、当時は広告として挿入されていたものであるが、現代の視点から見るとシーボルトが手がけていたさまざまな作品の販売価格やヴァリエーションを知ることができる貴重な資料である。
シーボルトによる解説冒頭箇所。
本書をはじめとして『日本叢書』に収録されている作品の概要と狙いを解説している。
シーボルト以前の西洋人による日本語研究史も概説されており、単独の日本語研究論としても興味深い内容。
シーボルトによる解説末尾。
続いて収録されているホフマンによる『和漢音釋書言字考』の解説冒頭箇所。
ホフマンの日本語能力はシーボルトのそれをはるかに上回っていたと言われており、ここでの記述も非常に詳細で具体的である。
いろはについても簡潔に解説がなされている。
『和漢音釋書言字考』で採用されている分野別項目についてもきちんと解説されている。
ホフマンによる解説末尾。
最後に、槙島昭武による原著序文のラテン語訳が収録されている。