書籍目録

『新世界周航記:のちにフランドルにおける東インド会社設立を提言した商人たちが行ったこれまで未航海だった航路を用いた航海記』

[デフォー]

『新世界周航記:のちにフランドルにおける東インド会社設立を提言した商人たちが行ったこれまで未航海だった航路を用いた航海記』

1725年 ロンドン刊

[Defoe, Daniel]

A NEW VOYAGE ROUND THE WORLD, BY A COURSE never sailed before. BEING A VOYAGE undertaken by some MERCHANTS, who afterwards proposed the Setting up an East-India Company in FLANDERS. Illustrated with COPPER PLATES.

London, [Printed for] A. Bettesworth / W. Mears, M. DCC. XXV(1725). <AB20211733>

Reserved

8vo (13.3 cm x 21.0 cm), Front., Title., pp.[1], 2-208, Plates : [1], pp.[1], 2-205, Plates: [2], Original paper wrappers.

Information

『ロビンソン・クルーソー』に連なるデフォーによるアジア太平洋航海記

 本書は、『ロビンソン・クルーソー』の著者として知られるダニエル・デフォーによる作品で、実在の『世界一周航海記』の体裁をとって書かれたユニークな物語です。17世紀以降のイギリスによるめざましい海洋進出とその記録の蓄積を背景に、当時イギリスでは航海記、航海記集成の出版が盛んに行われており、デフォーはこうした出版物の体裁をとって、「これまで行われたことのない航路」による「新世界一周」の物語を本書で描き出しています。『ロビンソン・クルーソー』に比べると、現在ではほとんど知られることがない作品ですが、東南アジア各地での交易の様子や航海、同海域におけるオランダやスペインの動向が生き生きと描かれており、またデフォーのユニークな太平洋交易論が展開されている点でも、大変興味深い作品です。

 数多あるデフォー作品の中でも今なお親しまれている作品『ロンビンソン・クルーソー』(とその後刊行された数編の続編)は、刊行された当時(1719年)フィクションとしてではなく、ロビンソン・クルーソーが自身が体験したことを書き記したノンフィクション作品として発表されていたことはよく知られています。また、デフォーが『ロビンソン・クルーソー』の執筆に際して、実在の航海者による報告書や航海記集を非常によく読み込んでいたことも、同じくよく知られています。本書はこうした『ロビンソン・クルーソー』に見られる、デフォーによる綿密な調査と資料収集に基づいた上での物語執筆という方法論を発展的に展開させた作品で、当時のイギリスで刊行されていた航海記集成や、地図帳など多くの資料に基づいた上で執筆されていることが窺えます。

 17世紀のイギリスによるめざましい海洋進出は、大航海時代の先陣を切っていたポルトガル、スペインとの競争を勝ち抜き、同時期に台頭してきたオランダとも熾烈な競争を経て、18世紀には同国の繁栄をもたらすことになりました。当時「東インド」と呼ばれたアジア地域や、「新世界」と呼ばれたアメリカへの度重なる航海は、それまでイギリスで知られていなかった自然、文化、地理、天文学、航海といったさまざまな情報をもたらすことになりました。またこうした航海が展開されていった時期は、フランシス・ベーコンによる学問の科学的方法論、体系化の確立に始まり、王立科学協会の設立といった、観察と明確な方法論に基づく「科学」発展の時代とも重なっており、航海者によって世界各地からもたらされた新しい知識は、科学的に、体系的な研究が試みられると同時に、科学者たちは航海者に対して、航海時に詳細な観察記録を付けて帰還することを要請していくようになります。こうした時代背景の下に刊行される航海記は、当初の航海記作品によく見られた、珍奇なものの紹介や冒険奇譚といったエンタテイメント的な側面が強い傾向から、事実に基づく観察記録として、より「科学的」な側面が強調された作品へとシフトしていくことになります。こうした「科学的な探究」は、純粋な学問的関心を満たすだけでなく、当然イギリスの世界貿易における実利追求とも密接に結びついており、航海による新発見と科学的分析、商業的利益とが結合する形で、多くの出版物が刊行されることになりました。デフォーが『ロビンソン・クルーソー』や、本書のような物語を執筆した背景には、こうした時代の潮流があり、またこうした時代であったからこそ、デフォーは数多くの資料を駆使しながら、リアリティあふれるフィクション作品を生み出すことができました。

 本書は『ロビンソン・クルーソー』と同様に、著者はデフォーではなく、実際に世界周遊を果たした実在の人物とされていてその著者による記録として執筆されています。本書冒頭で著者は、かつてそれ自体が大変な偉業であった世界周遊は、今やそれほど珍しくもないことになってしまい、単なる世界周遊記録では新しい価値がほとんどないことを述べています。しかし、本書はそうした当時すでにありふれていた世界周遊の物語ではなく、これまでにない航路を辿ったユニークな世界周遊であり、しかもその航海がイギリスに大きな交易上の富をもたらすことを示唆するモデルケースになりうることから、読者の興味を惹くに足る価値を持つのではないか、という趣旨のことを説明しています。こうした記述からは、本書がデフォーが当時の航海記集やその分析等を周到に読み込んだ上で、実際のイギリスによる航海ではまだなされていなかったものの、その実現可能性が見込め、しかもそれがイギリスに新たな貿易市場を開く可能性があることを提示しようとする、ある種のデフォーによるイギリス貿易政策に関するプロモーション作品であることが窺えます。

 本書は2部構成を取っており、前半の第1部はロンドンのテムズ川を出港してから、ボルネオなど東南アジア各地を周航しながらフィリピンに至るまでを描いています。この航海の過程では、各地におけるオランダやスペインといった国々から来ている交易船や勢力状況などが行き来と描き出され、さまざまな苦労をしながらも著者の乗る貿易船は交易を通じて多くの資産を獲得していきます。後半の第2部は、このアジア貿易で獲得資産をさらに大きくするために、太平洋を横断して当時スペイン強い勢力下にあった南北アメリカへと渡り、そこで交易を行う過程が描かれています。フィリピンのマニラとメキシコのアカプルコとを結ぶ交易ルートは、当時すでにスペインによって活用されていましたが、この交易ルートの安定に欠くことのできない航海、水路情報は秘匿されており、少なくとも当時のイギリスにとっては未知のルートでした。デフォーは、この太平洋交易ルートにイギリスの貿易拡大の活路を見出したようで、本書第二部ではこの「未知の航路」を用いた航海と貿易の様子が描かれています。

 このように本書は、世界航海による新発見と科学的分析、そして商業的利益とが密接に結びついていった当時のイギリスの状況を見事に反映した作品で、しかもデフォーならではの読者を飽きさせない、実に生き生きとした筆致で記された物語でもあります。『ロビンソン・クルーソー』と比べると今日あまり知られることのない作品ですが、同書に連なりつつも独自の新しい視点を展開したデフォー作品として再評価されるべき作品ではないでしょうか。

 なお、本書は刊行当時の本装丁前の厚紙による簡易装丁を維持しており、用紙の断ち切りもなされていない大変珍しい状態の一冊です。


*デフォーと『ロビンソン・クルーソー』や本書をはじめとした航海を主題とした作品と、当時のイギリスの社会背景や航海記の出版事情については、主に下記を参照。

Vickers, Ilse.
Defoe and the new sciences.
(Cambridge studies in eighteenth-century English literature and thought, 32)
Cambridge University Press, 1996 (ISBN: 0521402794)