書籍目録

『最新の情勢に基づいて新たに拡張して描き記された地理学:ヨーロッパ、アジア、アフリカ、アメリカの主要四部で構成される地球各地の情報を元に』

リーゲル(編)

『最新の情勢に基づいて新たに拡張して描き記された地理学:ヨーロッパ、アジア、アフリカ、アメリカの主要四部で構成される地球各地の情報を元に』

第3版(リーゲル改訂増補第2版) 1781年 アウグスブルク刊

Riegel, Christoph (ed.)

Nach dem jezigen Staat eingerichtete Bilder=Geographie, darinnen von den vier haupttheilen des Erdbodens Europa, Asia, Afrika und Amerika Nachricht gegeben, alle Nationen nach ihren Sitten und Gewohnheiten…Dritte Auflage.

Augsburg, Christoph Riegelischen Buch= und Kunsthandlung, 1781. <AB20211729>

¥220,000

3rd edition (Riegel enlarged & revised 2nd ed.)

8vo (12.0 cm x 20.0 cm), Front., Title., 4 leaves, double pages world map, 32 leaves, pp.[1-3], 4-94, 59[i.e.95], 96-156, 187[i.e.157], 158-286, 278[i.e.287], 288-1218, 9121[i.e.1219], 1220, 28 leaves(Register), Contemporary three quarter leather.
装丁に傷みが見られるが綴じの状態や本文の状態は概ね良好。一部図版に書き込みあり。小口は三方とも赤く染められている。

Information

アジア諸国はじめ「全世界」の人々の暮らしと姿をユニークな図版と共に詳解

 本書は、当時認識されていた限りの全世界の人々について、その風俗、歴史、地理、政治、社会状況などについて論じた作品で、約200枚にもなる木版画が収録されている点に大きな特徴があります。ヨーロッパ、アジア、アフリカ、アメリカの四部構成をとるテキストの第2部アジアにおいて、日本や台湾、中国の人々についてユニークな図版と共に詳細に論じられている大変興味深い作品です。

 本書は、1200ページを超える大部の作品ですが、タイトルが示すように、地球全体をヨーロッパ、アジア、アフリカ、アメリカの4つの部分に分けて論じています。大航海時代以降、それまでヨーロッパに知られていなかった「新世界」であるアメリカや、日本を含む「東インド」、アフリカといった地域の情報は、著しく増加することになりました。こうした知見の蓄積を踏まえて、多くの地図帳、地理学書などが16世紀以降に刊行されていますが、本書が刊行された18世紀半ばにもなると、世界各国の地理や歴史を包括的に論じようとする書物が多数刊行されるようになります。こうした作品は、地理という空間事象と、歴史という時間事象とを厳密に隔てるのではなく、そのいずれもを含んで、空間的にも時間的にも世界全体を記述しようと試みる傾向があり、本書はどちらかというと地理学に重きを置きつつも、人々の風俗、社会、政治、歴史などの多岐にわたるテーマを扱っています。冒頭に設けられた口絵には、ヨーロッパ、アジア、アフリカ、アメリカが擬人化して描かれていて、その背景にはバベルの塔などが描かれているなど、本書全体の主題が象徴的に示されています。

 1781年版のための新たな序文に続いては、見開き大の両半球を描いた地図が収録されていて、この世界図はそれほど精巧とはいえないものの、本書で論じられる各地域(もちろん日本も含まれている)を描いていて、読者の世界地理についての理解を促進するために置かれたものと思われます。本書の序文は2つに分かれており、最初に「地理学についての一般的な序文」として、①数学的観点からの地球の叙述について、②自然物理学的観点からの地球の叙述について、③政治学的観点からの地球の叙述について、という3節が置かれています。序文後半は、「地理学についての特殊な(各論的な)序文」として、④ヨーロッパについて、⑤アジアについて、⑥アフリカについて、⑦アメリカについて、という4節が置かれています。前半部分は、本書の方法論に関するもので、後半部分は、本書が対象とする地域の大分類とそれぞれに属する小分類を論じる内容となっています。序文後半で示される小分類の一例を挙げますと、⑤「アジアについて」においては、アジアが、1) アジア・トルコ、2)ペルシャ、3)東インド、4)中国、5)大韃靼、6)アジア諸島(日本はここに含まれる)の6つにさらに分類されることなどが解説されています。また、本書の大きな特徴である図版の一部はすでにこの序文に登場しており、⑥「アメリカについて」では、コロンブス、アメリコ・ベスプッチ、マガリャインス(マゼラン)らを描いた木版画を見ることができます。

 本文の記述はヨーロッパの西、すなわちポルトガルから始められており、そこから徐々に東へと進んでいく順序で、それぞれの国々や地域が論じられていきます。ヨーロッパ編は、ポルトガルを筆頭にスペイン、フランス、イングランド、アイルランド、ドイツ諸国等々の西ヨーロッパ諸国の記述が、西から東へと順次続き、西部トルコ(ヨーロッパ・トルコ)、ロシアの記述で終わっています。全世界を対象とする本書でも、その記述に最も分量が割かれているのはやはりヨーロッパで、本書のおおよそ半分ヨーロッパの記述に割かれています。

 アジア編は、681ページから960ページまで、すなわちヨーロッパ以外の部のおおよそ半分ほどを占める分量となっています。先述の通り、アジア編は、1) アジア・トルコ、2)ペルシャ、3)東インド、4)中国、5)大韃靼、6)アジア諸島(日本はここに含まれる)の6つにさらに分類されていて、そこからさらにそれぞれに属する国々が個別に論じられています。中国についての記事は、845ページから始まっていて、847ページの図版では、扇子のようなものを手にしてローブのような着物を纏い、豊かな口髭を蓄えた人物が描かれています。この中国についての記事には、中国に属するとみなされている地域も含まれていて、「フォルモサ(台湾)」などについての記述(860ページ〜)を見ることもできます。「フォルモサ(台湾)」についての記事で大変興味深いのは、その人物像として収録されている図版が、当時すでに偽書として知られていたサルマナザール(George Psalmanazar, 1679? - 1763)(偽名で本名不明)の『フォルモサ(台湾誌)』(An historical geographical description of Formosa,...London, 1704.)に収録されている図版を明らかに参照していると思われることです。日本生まれで台湾育ちの亡命者を騙っていたサルマナザールの『台湾誌』は、刊行直後から大反響を呼び、翌年に第2版やフランス語訳版が現れるなど、台湾についての画期的な学術書として広く読まれましたが、間も無くしてサルマナザールが日本にも台湾にも行ったことがなく、図版を含む内容のほとんどが自身の創作に基づくものであることが明らかになりました。「世紀の偽書、奇書」とも呼ばれる作品で大変著名な作品ではありますが、本書刊行当時すでに偽書であることが明らかにされていたはずであるにもかかわらず、本書中において台湾の人々を描いた図の参照元として同書収録図が採用されていることは、サルマナザール『台湾誌』が偽書として知られるようになってからも後世に影響を及ぼし続けていたことを示す一例として大変興味深いことです。

 日本についての記述は、「アジア諸島」の中でも最終部(946ページ〜)に置かれていて、これは日本がヨーロッパから見て最も極東に位置しているがゆえのことであると考えられます。ここに収録されている木版画は非常に興味深いもので、薙刀のような大型の武器を左手に持ち、右腰に日本の刀をさしてバスローブのような着物をはおった人物が描かれています。頭部はおそらく丁髷を示したものであろうものがお団子のように描かれ、足元は足袋を履いているように見受けられます。それぞれの部分については、当時ヨーロッパで知られていた日本の人々の姿についての情報に基づいて描かれているようですが、全体としてはなんともチグハグな感のあるとてもユニークな姿として描かれています。この木版画の製作者がどのような情報に基づいて本図を描いたのかは明らかではありませんが、おそらく大きな情報源の一つとして、1615年にインゴルシュタットで刊行された、慶長遣欧使節の記録を記したアマーティ(Scipione Amati, 1583 - 1655?)の著作『慶長遣欧使節記』ドイツ語訳版(Relation Und gründtlicher Bericht von deß Königreich Voxu im Japonischen Keyserthumb Gottseliger Bekehrung,...Ingolstatt, 1615)に収録された支倉常長像があるのではないかと思われます。本書刊行の100年以上前に刊行された作品に収録された支倉常長像は、かなり写実的に描かれた人物像として大変著名なもので、本図とはかなり違う印象を受ける図版である一方で、本図に見られるような足袋を履いている点や、顔の描き方、ポーズなど、部分ごとに非常によく似た特徴があり、ドイツ語圏著作に掲載された日本の人物図として大きな影響力を持った支倉常長像を、本図の製作者が参照したことを思わせる形跡を見出すことができます。いずれにしても、このユニークなに図版は、当時のヨーロッパにおいて日本の人々がどのような姿として理解されていたのか、を知る一例として大変興味深い図であると思われます。

 また、日本について解説したテキストも大変興味深いもので、日本が27の島々で構成されている豊かで強大な国力を持った国であること、海に囲まれ、蝦夷(Lande Yedso)とは直接つながっておらず、アジアとアメリカの中間に位置する国であるという、地理的な解説から始まり、冬の間は特に北部では非常に寒くて雪に覆われる一方で、夏の間は比較的穏やかで過ごしやすいといった気候についての記述、地震や雷雨が非常に多いという天災多発地域であること、米が非常に多く栽培されていて、金、銀、錫、銅、鉄といった鉱物資源に恵まれ、これらを生かして製造されるサーベル(japonische Sold、日本刀)は、東洋全体で最も高品質なもので、皇帝の特別の許可なく輸出することが禁じられていること、など様々なトピックが論じられています。日本の人々は強靭な肉体を有し、知性があって、礼儀正しい反面、著しく名誉を重んじ、野心的で猜疑心が強いとも評されていて、主人に対する自らの忠誠心を表現するために割腹する(切腹)習慣があることや、喜びを表す色として黒色が好まれ、歯を黒く染める習慣があること、その反対に悲しみを表す色として白色が用いられるなどと解説しています。これらの日本の人々の風俗、風土などについての記述は、おおむね16世紀以降に来日した宣教師らの日本報告がその情報源であると思われますが、おそらくは、著者が直接こうした記述に当たってこの記事を執筆したというのではなく、時代を越えて幾度も様々な文献に繰り返し転載され続けてきた日本情報を参照して書いたのではないかと思われます。その意味では、ここに見られる日本記事は、当時のヨーロッパにおける典型的な日本情報の一例を示したものとして理解することができるでしょう。

 つづいて、ザビエル渡来以降の日本におけるキリスト教の広がりと、弾圧による廃絶、それ以降はオランダ人だけが日本との交易を許されていること、オランダ人の日本における行動は厳格に制限されていて、「長崎(Managasaki)」に閉じ込められていること、入港時には厳しい取り調べを受けているといった日本とヨーロッパとの交流史についても解説されています。また、日本の収入と国力、軍事力、政治制度、刑罰といった社会機構についての解説や、「日本(Japaon)」「四国(Xikoko)」「下(Ximo)」という3つの大きな島が主要な島々があること、それらに属する地域、都市についての個別の解説といった国割についての解説、巨大な銅でできた像を信仰するという宗教事情、極めて高く時折火を吹く山があることや、僧侶によって運営されている優れた図書館があること等々、非常に多くの話題が扱われています。これらの記述は、ケンペル『日本誌』をはじめとした来日したオランダ商館関係者の著作や記録を元に執筆されているものと思われますが、著者のオランダ人に対する態度はあまり好意的とはいえないようです。

 日本についての記述でもってアジア編は終わっており、続いてアフリカ編、アメリカ編が2冊目の後半に収録されています。なお、本書ではオーストラリアや太平洋諸島についての記述は収録されておらず、このことは当時のヨーロッパにおいて同地についての正確な情報がまだほとんど齎されていなかったことを反映しているものと思われます。

 本書はこのように日本を含む世界各国の人々の姿やその風俗、地理、歴史について、当時のヨーロッパにおいて知られていた情報を元に描き記した作品で、他の作品に見られないようなユニークな木版画を多数掲載している大変興味深いものです。特に、日本の記述に合わせて収録された日本の人物像は、おそらくこれまでほとんど知られていないものではないかと思われることから、18世紀ヨーロッパにおいて流布した日本の視覚情報の貴重で珍しい一例として、研究されるべき価値を有する図であると考えられます。また、本書では、日本だけを単独に扱うのではなく、世界各国と合わせ論じる中で扱われていることから、こうした世界全体を対象とした作品において描き記された日本像が本書全体でどのように位置付けられているのかを探ることは、当時のヨーロッパの世界観における日本認識のあり方を明らかにする上でも、大いに興味深い研究テーマではないかと思われます。

 なお、本書は具体的な著者名が明示されていませんが、本書刊行に至るまで類似の著作がすでに複数刊行されており、しかもそれぞれのタイトルや出版社が微妙に異なっていることから、やや複雑な出版事情を持つ作品でもあります。本書の原点となった作品から、直接の前版と言える作品までの系譜を簡単にまとめますと下記のようになります。

⓪1723-1728年 エアフルト刊 全5巻本
フンク(Johann Michael Funck)
『新たに開かれたる円形劇場:我々に知られている全世界とあらゆる人々をその風俗に従って正確な図像で表象』
(Neu-eröffnetes Amphi-theatrum…5 vols. Erfurt, 1723-1728. )
→本書の原点となった作品で全5巻本。ただし、日本や中国の図や独立した記事はなし。

①1738年 エアフルト刊
マルティニ(Johann Jacob Martini)
『再構成され拡張されたヨーロッパ、アジア、アフリカ、アメリカの絵入地理学』
(Neu-eingerichtete und vermehrte Bilder-Geographie, von Europa, Asia, Africa und America…Erfurt, 1738.)
→⓪を1巻本に再構成し、新たに記事や図版を追加。日本や中国の図や独立した記事が初めて登場。

②1753年 ライプツィヒ刊
マルティニ(Johann Jacob Martini)
『ヨーロッパ、アジア、アフリカ、アメリカの四部からなる世界の最新状態に基づいて拡張された絵入地理学』
(Neu eingerichtete und nach jetzingen Staat vermehrte Bilder-Geographie, von denen Vier Welt-Theilen Europa, Asia, Africa u. America. Leipzig, 1753.)
→①を出版地とタイトルを変えて再版したもので、基本的に①と同じ。

③1770年 アウグスブルク刊
→②を出版地とタイトルを変えて再版したもので、基本的に①②と同じ。

④1781年 アウグスブルク刊(本書)
→③の改訂増補版、基本的には③と同じだが、細かな補注が本文中に追加されている模様。

 1723年から1728年にかけて、フンク(Johann Michael Funck)によってエアフルトで刊行された『新たに開かれたる円形劇場:我々に知られている全世界とあらゆる人々をその風俗に従って正確な図像で表象』(Neu-eröffnetes Amphi-theatrum…5 vols. Erfurt, 1723-1728. 以下『世界劇場』)は、全5巻からなる大部の著作で、アジアを含む世界各国地域の人々について、その歴史、地理、社会、風俗等について網羅的に論じるだけでなく、その姿を描いた数多くの木版画を収録するという作品でした。このフンクの作品は、その対象地域の広範さ、記事の詳細さに加え、(刊行当時にあってもすでにやや古風な感のある)ユニークな趣のある多数の木版画が好評を博したようです。ただ、この『世界劇場』では、日本や中国について言及はあるものの、本書のように独立した章を立てて論じたりすることはなく、日本や中国の人々の姿を描いた木版画も収録されていませんでした。

 フンクの作品は一定の成功を収めたものの、やはり全5巻というボリュームがより広範な読者の獲得の躓きにもなったようで、同書の特徴的な木版画を引き継ぎつつも記述をよりコンパクトにした作品が、マルティニ(Johann Jacob Martini)によって1738年にエアフルトで刊行されます。この作品は、『再構成され拡張されたヨーロッパ、アジア、アフリカ、アメリカの絵入地理学』(Neu-eingerichtete und vermehrte Bilder-Geographie, von Europa, Asia, Africa und America…Erfurt, 1738.以下『絵入地理学』)というタイトルで刊行され、その名が示すように、フンクの『世界劇場』を再構成してテキストをコンパクトにする一方で、同書で扱われなかった国や地域を増補し、人気の高かった木版画を収録していることを前面に押し出した作品となっています。このマルティニによる1738年の『絵入地理学』において、初めて中国や日本の人々が独立した章で扱われるようになり、新たに描かれた木版画を添えて論じられるようになりました。従って、本書の直接的な原著となったのは、マルティニによる1738年の『絵入地理学』ということになります。

 マルティニの『絵入地理学』は好評を博したようで、1753年にはライプツィヒでタイトルを若干変更して再版されています。この1753年のライプツィヒ版である『ヨーロッパ、アジア、アフリカ、アメリカの四部からなる世界の最新状態に基づいて拡張された絵入地理学』(Neu eingerichtete und nach jetzingen Staat vermehrte Bilder-Geographie, von denen Vier Welt-Theilen Europa, Asia, Africa u. America. Leipzig, 1753.)が、本書の前版にあたると考えられるものです。この1753年版は、タイトルが変更されているものの、基本的に1738年版と同じ内容で、日本や中国の人々を描いた木版画も併せて、同じ図版が採用されています。

 本書は、この1753年マルティニ版をもとにして、タイトルを変更し出版社のリーゲル(Christoph Riegel)が校正を加えた上でアウグスブルクで1770年に刊行した版の改訂版で1781年に刊行されています。従って、マルティニの『絵入地理学』1738年版を初版とすると、第2版と目される1753年版、1770年の第3版、あるいは「リーゲル新版」を挟んで、本書は実質的には第4版、あるいは「リーゲル第2版」とも言える版ですが、タイトルページの版表記は「第3版」となっています。1770年の「リーゲル新版」から刊行地がアウグスブルクに代わり、冒頭の献辞文が付け加えられたほか、出版社リーゲル自身による序文が新たに書き起こされ、本書の特徴や意義についての解説が記されていますが、本書はほぼこれと同じ内容を踏襲しています。ただ、本文中を細かく見ていきますと、1770年版にはなかった細かな補注が付されているように見受けられるため、単なる再版ではなく増補改訂版と見做されるのではないかと思われます。