書籍目録

『フォルモサ(台湾誌)』

サルマナザール

『フォルモサ(台湾誌)』

第2版 1705年 ロンドン刊

Psalmanaazaar, George.

An Historical and Geographical DESCRIPTION OF FORMOSA, An Island subject to the Emperor of JAPAN....

London, (Printed for) Mat. Wotton / Abel Roper / B. Lintott,…and others, 1705. <AB20211702>

Sold

2nd ed.

8vo (11.7 cm x 19.4 cm), Title., 27 leaves, folded map, pp.1-288, 4 leaves, Plates: [6(of 16)], folded chart: [1], Contemporary full leather, rebacked.
全体的にヤケ、染み、紙の端部に破れが見られるがテキストの損傷なし。図版16枚のうち10枚が欠損するも、折り込み地図、アルファベット一覧図は現存。刊行当時の装丁を残しつつ、背部分を比較的近年になって補修したと思われる装丁で、製本状態は良好。[NCID: BA68936117]

Information

18世紀初頭にヨーロッパを席巻した「世紀の偽書」に記された豊富な日本情報、初版翌年に刊行された改訂第2版

 本書は、著者が、実際には全く行ったこともない「台湾」について書き上げた「偽書」として大変有名な作品です。著者のサルマナザール(George Psalmanazar, 1679? - 1763)(この名前も偽名で本名不明)は、フランス出身でありながら、自らを日本生まれの台湾育ちでイエズス会からの迫害を逃れるためにイギリスに渡ったと称して、18世紀初頭のロンドンで架空の台湾についての知見を大いに披露し、『フォルモサ(台湾誌)』(An historical and geographical description of Formosa. London, 1704)の出版によって当時の学界、宗教界において大いに評判を勝ち得たものの、次第にその知識に対する周囲からの疑惑が高まり、最終的には全てが虚偽であったことが暴露されたという、曰く付きの人物です。彼による『フォルモサ(台湾誌)』は、1704年の出版当時に大変な評判を呼び、翌1705年には、早くも大幅な増補改訂を施した第2版が刊行されました。本書はこの増補改訂第2版にあたるものです。『フォルモサ(台湾誌)』は、各国語にも翻訳され、フランス語版(1705年ほか再版多数)、オランダ語版(1705年)、ドイツ語訳版(1716年)が相次いで刊行されました。

 サルマナザールの『フォルモサ(台湾誌)』は、著者による架空の知識によって執筆されたものとはいえ、その構成や細部については、非常に完成度が高い書物で、当時ヨーロッパで刊行されていた類似のアジア諸国についての書物の構成や、扱われている話題などをよく踏まえた上で執筆されていて、偽書ではあるものの、著者が非常に豊富な教養と知見に基づいて著した書物であると言えます。偽書であるが故にその内容全てが否定されてしまうのは当然と言えますが、サルマナザールの幅広い知見や、その裏づけとなった背景知識の構成については、なお見るべきところが多く、特に彼が頻繁に「台湾人」との比較考察に持ち出している日本についての知識は、当時ヨーロッパで流通していた日本情報の一端を垣間見る上では大変興味深い素材を提供してくれています。サルマナザールは、当初、改宗した日本人を自称していたこともあり、日本に対する知識はそれなりにあったようで、また当時のヨーロッパでもイエズス会をはじめとした宣教師による日本報告や、オランダ経由の日本情報がもたらされていたこともあり、一定の日本情報が伝わっていましたので、サルマナザールが、『台湾誌』において、こうした比較的豊富な日本情報を参考にしたのは、非常に理にかなったことだったと思われます。サルマナザールは、ラテン語と古典教養にも明るく語学センスのよさや博識であったことでも知られており、その意味では当時の典型的なヨーロッパ知識階層において、どのようなトピックを、どのような体裁で提供すれば、彼の「台湾」情報が真実味を持って受け入れられるかを非常によく理解していたものと思われます。そして、その際に、真実味を加味するエッセンスとして常に引き合いに出されているのが、日本についての情報であることは、大変興味深いことといえるでしょう。

 この「世紀の奇書」とも言われる作品は、これまで日本でも知られていましたが、2021年にはついに日本語訳が刊行されました(原田範行訳『フォルモサ:台湾の日本の地理歴史』平凡社、2021年)。この日本語訳本は、本書である原著第2版を底本としており、訳者解説ではその特徴についても解説されていて、本書を理解する上で非常に役立ちます。

「初版に見られる夥しい数の訂正箇所や誤植が第2版では修正され、また、初版刊行以降著者によろせられたという25の批判に対する回答を含む「第2版への序」が新たに収録されている。本文の内容そのものは、初版と第2版に大きな相違はないが、初版では、著者によるヨーロッパ各地の旅の説明とイギリス国教会への改宗の経緯が前半、フォルモサの地理歴史の解説が後半、という順番になっており、これが第2版では入れ替わって、本書に訳出した通り、第1巻がフォルモサの地理歴史に関する解説、第2巻が、著者によるヨーロッパ各地の旅の説明と改宗までの経緯となっている。出版地は、初版も第2版もともにロンドン。共同出版者(社)の顔ぶれもほぼ同じだが、第2版では、初版のダン・ブラウンに代わって、マシュー・ウットンとベンジャミン・リントットが加わっている。(後略)」(同書「訳者解説」397頁より)

 上記で述べられている点に加えて、この第2版はタイトルページでも述べられているように、初版になかった折り込みの地図や、サルマナザールが論じた「悪魔の図」などいくつかの図版が新たに加えられている点に特徴があります。このうち、「悪魔の図」をはじめとして、初版でも見られた「曹操の図」や各種人物を描いた図版が、本書では残念ながら欠落してしまっていますが、日本もその一部が描かれているユニークな折り込み地図は残されています。この地図は、サルマナザールが、フォルモサの周辺地域との位置関係を視覚的に示すために第2版で新たに採用したもので、中国沿岸と朝鮮半島、日本の南西部、フィリピン北部を描きながら、その間にフォルモサを描きこんでいます。この地図がある意味では非常によくできたもので、日本など実在する地域については、ヨーロッパで広く流布していたテイシェラ日本図など、当時のヨーロッパの読者にとって馴染みのある地図に範をとって製作されていて、ある種の真実味を帯びさせる効果を与えるものとなっています。同地域を描いた当時のヨーロッパの地図において、現在の沖縄から南西諸島、台湾に至る地域については、それほど明瞭に描かれておらず、ひと連なりの群島として描かれることが多かったことから、サルマナザールはこの曖昧さを逆手にとって、実在しないフォルモサと台湾とを意図的に混同しながら描き、論じることができたのではないかと思われます。

 本書は、偽書でありながらも当時大きな影響力を誇った作品で、他言語版の刊行の広がりや、それに伴う日本情報の伝搬については、改めて研究されるべき点が多いと思われます。翻訳版の中でも、非常に珍しく国内でも所蔵機関が皆無に近いと思われる、非常に興味深い研究テーマをもたらしてくれる大変価値ある日本関係欧文史料と言えるでしょう。

 また、近年では「フェイク・ニュース」をめぐる問題を再考する上でも、改めて本書は注目されているようで、2020年から2022年にかけてヨーロッパ歴史館(House of European History, 在ブリュッセル)で開催された特別展「Fake For Real: A History of Forgery and Falsification」においても本書が取り上げられ、ヴァーチャルに再現されたサルマナザールが自著を読み上げるというユニークな仕掛けと共に本書が展示されていました(展示されていたのは初版本)。日本語訳本の刊行によって、より多くの注目が集まっている本書には、さまざまな文脈や視点から再評価、再発見できることが数多く潜んでいるのではないかと思われます。

「ジョルジュ・サルマナザール(Geroges Psalmanazar, 1679~1763)はフランスのいかさま著作家。実名は不明。幼い頃、宗教学校において神学の教育を受けた。しかし、長じて身を持ちくずし、オランダ、ドイツの軍隊に入って極東の情報を手に入れ、1703年、自ら台湾人と称してロンドンに渡る。ロンドンで台湾語や台湾字を考案し、台湾の風俗、社会、動植物に到るあらゆる事物の記事を、空想として捏造し一時期、世間を大いに騒がせた。『台湾誌 Historical and Geographical Description of Formosa』は1704年にロンドンで刊行され、おそらくは約20年後に出版されるスウィフトの『ガリヴァー旅行記』に影響を及ぼした。というのは、同書に唯一の実在国として日本が登場するからであり、これを他の架空国と並べたことはサルマナザールを意識した証拠と思われる。なお、サルマナザールは本書ばかりか、同趣向の書『日台人対話録』(A dialogue between a Japonese and a Formosan, about some pints of the religion of the time. London, 1707. のこと;引用者注)も続けて出版する始末であった。(この項・荒俣宏)」
(『世界の奇書・総解説』自由国民社、1992年、106頁)

刊行当時の装丁を残しつつ、背部分を比較的近年になって補修したと思われる装丁で、製本状態は良好。
タイトルページ。
献辞文冒頭箇所。
初版序文冒頭箇所。
第2版序文冒頭箇所。初版刊行後に寄せられた多くの批判、疑問に答える内容となっていてかなり長文になっている。
「ハレー彗星」の発見で知られる王立科学協会ハレーとのやりとりも記されている。
序文末尾では、本書と同年に刊行されたフランス語訳版を酷評している。
目次冒頭箇所。
本文冒頭に掲載されている折り込み地図。当時ヨーロッパで流布していた地図に範を取ることで信憑性を持たせつつ、自身の記述を巧みに盛り込ませている点はさすがである。
「第9章:太陽、月、星への信仰について」(章題は邦訳書による。以下同)
第9章に設けられた図版とその解説。
サルマナザールによる同書における最大の見せ場の一つとも言える「フォルモサの言語」
フォルモサのアルファベットなるものの一覧表。もちろん実在しないサルマナザールの創作である。
「第31章:フォルモサの船」に収録されている図版。
「第32章:フォルモサの貨幣」
「第33章:日本およびフォルモサの武器について」サルマナザールは、フォルモサの記述に際して頻繁に日本のことを引き合いでして解説しており、しかもその知識が当時の日本関係文献をよく踏まえたものであっただけに、真実味を増す効果を高めることになった。サルマナザールの日本についての記述は当時のヨーロッパにおける日本観を示すものとしても大変興味深い。
「第34章:日本とフォルモサの楽器について」
「第37章:フォルモサの副王がその治世について日本国皇帝に伝える方法」
「第38章:1549年から1615年にかけて、イエズス会士が日本でキリスト教布教に成功したこと、さらに、1616年頃、彼らに加えられた恐るべき虐殺の理由。そしてキリスト教信者を処刑する法律が成立したことについて」
「第39章:オランダ人の日本渡来、その成果とオランダ人が用いた策略について」
「第40章:イエズス会士たちが日本入国のために取った新たな方策について」
後半の第2巻では、サルマナザールがヨーロッパにたどり着くまでの旅路と、イギリス国教会へと改宗するに至った経緯が論じられる。
「著者が改宗に至った根拠」
本文末尾。