書籍目録

『教皇とカソリックの歴史:第3部:1572年から1591年にかけて世界で生じた特筆すべき出来事について』

バヴィア / (天正遣欧使節)

『教皇とカソリックの歴史:第3部:1572年から1591年にかけて世界で生じた特筆すべき出来事について』

1621年  バルセロナ刊

Bavia, Luis de.

TERCERA PARTE DE LA HISTORIA PONTIFICAL Y CATOLICA…CONTIENE ESTA TERCERA PARTE DE LA Historia Pontifical, las cosas mas notables sucedidas en el mundo, desde el año de mil y quinientos y setenta y dos, hasta el de mil y quinientos y nouenta y vno….

Barcelona, Sebastian de Cormellas, 1621. <AB20211701>

Donated

Large 8vo (21.5 cm x 29.2 cm), Title., 7 leaves, pp.1-240, [No duplicated pages], 231-341, 352[i.e.342], 343-520, 27 leaves(Tabla), Contemporary parchment.
全体的に染みが散見されるが概ね良好な状態。C2(pp.35/36)上部に破れ(一部テキスト欠損)あり。Aa4(pp.365/366)ノド付近に切れ目あり(欠損なし)Dd8(pp.421/422)に切れ目あり(欠損なし)。Kk1(pp.503/504)余白に破れ(テキスト欠損なし)あり。

Information

スペイン語圏で広く読まれた年代記に掲載された天正遣欧使節のユニークな記録

 本書は、カソリック教会と歴代教皇を中心として、スペインとその植民地を中心とした世界各地で生じた出来事を編年体で綴った書物で、1572年から1591年にかけての出来事を対象としています。100年以上かけて全6巻構成で刊行された歴史書の第3部に当たるもので、1621年にバルセロナで刊行されています。本書が大変興味深いのは、「世界で生じた特筆すべき出来事」の中に日本に関係する出来事が豊富に含まれていることで、この第3部では、秀吉によるバテレン追放令や、天正遣欧使節に関する記事などが随所に掲載されており、日本関係欧文図書として貴重な作品ということができます。

 本書がその第3部である『教皇とカソリックの歴史』(Historia Pontifical y Católica)は、スペインの歴史家で聖職者であったイレスカス(Illescas, Gozalo de, 1518? - 1583?)によって始められ、第1部が1565年に、第2部が1573年に刊行されたと言われています。この『教皇とカソリックの歴史』は、スペイン語で書かれていて、教会史や教皇を主題にした著作は通常ラテン語で執筆されることが常識であった当時にあって、非常に画期的な作品(おそらく同種の著作の中ではスペイン語初とされる)となりました。ラテン語文化圏以外の読者をも対象に据えた同書は、スペインを代表する歴史書として高い評価を受けることになります。本書はこのイレスカスの著作を継続する形で、同じくスペインの聖職者で神学者であったバヴィア(Luis de Bavia, 1555 - 1628)が「第3部」として刊行したものです。バヴィアは神学者でありながら、歴史関係の著作を他にも刊行しており、翻訳書も含めて複数の著作を刊行した著述家として活躍したことが知られています。本書は、1ページを左右に分割したダブル・コラムで500頁を超える大著で、対象としている年代が20年に満たないことに鑑みると、非常に濃密な記述になっていることがうかがえます。この「第3部」は17世紀初めに刊行されてから幾度もスペイン各地で再版されており、刊行直後からスペイン語圏の読者に広く読まれたことがうかがえる作品で、本書は1621年にバルセロナで刊行されています。

 本書が対象としているのはグレゴリウス13世(在位1572年〜1585年)からイノケンティウス9世(在位1591年)までの期間で、グレゴリウス13世(1572年〜1585年、1-259頁)、シクストゥス5世(1585年〜1590年、260-4447頁)、ウルバヌス7世(1590年、448-454頁)、グレゴリウス14世(1590年〜1591年、455-491頁)、イノケンティウス9世(1591年、492-520頁)という構成となっています。基本的には編年体で綴られており、各部はさらに非常に細かく章によって分けられていて、トピックごとに記事が掲載されています。教皇を中心としたカトリック教会に関する出来事を中心に添えながらも、スペインとその植民地に関連する世界各地の出来事を記録していることが大きな特徴で、当時よく見られた「世界史」「普遍史」と呼ばれたジャンルに属する作品とも言えます。

 本書が日本関係欧文図書として非常に興味深いのは、同時代の日本に関係する記事が豊富に収録されている点です。この版では非常に便利なことに、本書で言及されている各国地域の記事がそれぞれの地域ごとに目次の形で冒頭に掲載されており、この中には「日本(IAPON)」が含まれており、ここの記述に従って、またそれ以外にも店主が気づく限りで見つけられた本書に収録されている日本関係記事を列挙してみますと次のようになります。

* 「日本諸島における迫害の始まり:5人のイエズス会士の殉教」(1583年):第1部(グレゴリウス13世)第84章(231頁〜)
* 「日本諸島についての記述:その政府と風習、人々の気質と宗教について」(1585年):第1部(グレゴリウス13世)第95章(245頁〜)
* 「日本諸島におけるカソリック教会:豊後、有馬、大村の王たちによる教皇への使節派遣について」(1585年):第1部(グレゴリウス13世)第96章(246頁〜)
* 「日本の使節の出発とスペインまでの道のりとマドリッドにおけるスペイン王との謁見について」(1585年):第1部(グレゴリウス13世)第97章(249頁〜)
* 「日本の使節とローマ教皇との謁見について」(1585年):第1部(グレゴリウス13世)第98章(252頁〜)
* 「日本の使節とローマ教皇との謁見において行われた演説」(1585年):第1部(グレゴリウス13世)第99章(254頁〜)
* 「日本の使節の動向についての続き、新教皇との謁見とローマを去ってからヴェネツィアで受けた歓待のことなど」(1585年):第2部(シクストゥス5世)第3章(264頁〜)
* 「日本における戦争:関白殿(Quabacundono)による迫害」(1587年):第2部(シクストゥス5世)第41章(351頁〜)
* 「日本の状況について、ほか」(1588年):第2部(シクストゥス5世)第55章(386頁〜)

 本書に収録されている日本関係記事を見てみますと、やはり天正遣欧使節に関する記述が非常に多いことがよくわかります。天正遣欧使節はローマに赴く前にスペインでフェリペ2世とも謁見していることから、スペインに関する出来事を特に重視した本書において、特筆すべき出来事として扱われることは非常に合点がいくものです。天正遣欧使節のヨーロッパ歴訪は、当地において夥しい数の関連出版物の発行をもたらすなど、非常に大きなインパクトをヨーロッパ社会に与えたことが知られていますが、こうした出版物中にあってスペイン語で書かれた著作はそれほど多くないことから、本書に収録されている使節関係記事は、スペイン語で広く読むことができる記事としても重宝されたのではないかと思われます。使節関係の記事では、使節の様子がかなり詳細に解説されていて、フェリペ2世との謁見の様子や、グレゴリウス13世との謁見の場面、使節がもたらした三諸侯から教皇に当てた書簡のスペイン語訳など、かなり充実した記事となっています。天正遣欧使節に関する具体的な記事の前には、日本全体を解説するような記事も掲載されていて、日本に親しみのない読者に対しても、日本に関する基本知識を得た上で使節に関連する記事を読むことができるように工夫されている点も、本書における使節の位置付けを理解する上で興味深い点でしょう。また、そのわずか2年後の1587年に秀吉によって突如発せられた、いわゆるバテレン追放令の影響についての記事も見られ、継続的に日本の状況を報じる記事が掲載されています。また、本書に見られる日本関係記事の最後では、使節が日本に帰還し、秀吉と謁見を果たしたことなども記されています。

 本書は、100年以上にわたって継続して刊行された作品の一部で、しかも表題には日本に関する記述が全くないことから、これまで日本関係欧文図書としてはほとんど知られてきませんでした。先に述べたようにこの作品はスペイン各地で繰り返し再版され多くの読者を獲得したと思われる作品で、特段日本に関心を有していない読者も対象としていた作品であることから、こうした作品に掲載された天正遣欧使節をはじめとした日本関係記事は、スペイン語圏の読者の日本観形成に少なからぬ影響を与えたと思われます。こうしたことから本書は注目すべき日本関係欧文図書ということができるでしょう。

刊行当時のものと思われる装丁で、革に伸縮が見られるが概ね良好と言える状態。
タイトルページ。100年以上にわたって継続された壮大なシリーズの「第3部」にあたる作品で、17世紀初頭からスペイン各地で繰り返し再版され多くの読者を獲得した。本書は1621年にバルセロナで刊行された版。基本的な内容についてはいずれの版も同じと思われる。
冒頭に簡単な本書全体の構成が示されている。
各種検閲許可、献辞文等が幾種類も掲載されている。
これらに続いてようやく著者による序文が続く。
本書で論じられる世界各国地域の記事が、地域ごとに分類されて目次の形で掲載されており、本書全体の構成や論じられる地域の力点等を把握できるだけでなく、日本関係記事を見つけ出す上で大きな手がかりになる。
上掲続き。
上掲続き。「日本(IAPON)」が掲載されていることが確認できる。
上掲続き。
本文冒頭箇所。
「日本諸島における迫害の始まり:5人のイエズス会士の殉教」(1583年):第1部(グレゴリウス13世)第84章(231頁〜)
「日本諸島についての記述:その政府と風習、人々の気質と宗教について」(1585年):第1部(グレゴリウス13世)第95章(245頁〜)
「日本諸島におけるカソリック教会:豊後、有馬、大村の王たちによる教皇への使節派遣について」(1585年):第1部(グレゴリウス13世)第96章(246頁〜)
「日本の使節の出発とスペインまでの道のりとマドリッドにおけるスペイン王との謁見について」(1585年):第1部(グレゴリウス13世)第97章(249頁〜)
「日本の使節とローマ教皇との謁見について」(1585年):第1部(グレゴリウス13世)第98章(252頁〜)
大村純忠らの教皇宛書簡のスペイン語訳も掲載されている。
「日本の使節とローマ教皇との謁見において行われた演説」(1585年):第1部(グレゴリウス13世)第99章(254頁〜)
「日本の使節の動向についての続き、新教皇との謁見とローマを去ってからヴェネツィアで受けた歓待のことなど」(1585年):第2部(シクストゥス5世)第3章(264頁〜)
「日本における戦争:関白殿(Quabacundono)による迫害」(1587年):第2部(シクストゥス5世)第41章(351頁〜)
「日本の状況について、ほか」(1588年):第2部(シクストゥス5世)第55章(386頁〜)
本文末尾。
本文に続いて本書の詳細な目次が掲載されている。
目次に続いて末尾には索引も掲載されている。