書籍目録

『教皇ピウス9世猊下によって厳粛に取りなされる日本の26人の殉教者(の列聖式)ほか』

バルトリーニ / [日本二十六聖人殉教事件]

『教皇ピウス9世猊下によって厳粛に取りなされる日本の26人の殉教者(の列聖式)ほか』

1864年 ローマ刊

Bartolini, Dominici.

ACTA SACRORVM SOLEMNIVM QVIBVS SANCTISSIMVS DOMINVS NOSTER PIVS PAPA IX. XXVI MARTYRIBVS IAPONENSIBVS…

Roma, Typographia Rev(erendae). Camerae Apostolicae, 1864. <AB202155>

Sold

4to(23.0 cm x 31.5 cm), 1 leaf(blank), Title.,2 leaves, pp.[I], II-VII, [1], 2-567, Plates: [2], Contemporary cloth.
[Laures: JL-1864-KB2-767-529]

Information

日本二十六聖人殉教事件の歴史的経緯と列聖式に関する公式文献

 本書は、日本における最初の大規模な殉教事件として取り上げられることの多い、いわゆる「日本二十六聖人殉教事件」の犠牲者を、カソリック教会における「聖人」として認定する過程のあらゆる文書をまとめた書物で、事件の詳細な背景はもちろんのこと、1622年に「福者」として認定されるまでの経緯、1862年になされた列聖式の様子や、現在(刊行当時の1864年)に至るまでの歴史的背景などが解説されています。また、列聖に当たってカソリック協会内部で交わされた膨大な数の書簡や関係資料、果ては支出等の会計記録も含めた関連資料、列聖式で会場となった聖堂の図版など、あらゆる資料が本書には含まれています。元々は教会関係者に祈念のために配布するための内部資料的な意味合いの強い書物と思われますが、事件とその列聖過程を理解する上で非常に有益な資料を提供してくれる作品となっています。

 1597年2月15日に長崎の西坂の丘の上の刑場で26人のキリスト教信者が処刑された事件は、豊臣秀吉による大規模なキリスト教迫害事件として、当時在日していた宣教師ルイス・フロイス(Luís Fróis, 1532 - 1597)による報告によって、当時からヨーロッパで広く知られ、また衝撃を与えました。事件から30年後の1627年に、殉教者26人は福者としてウルヴァノ8世によって列福されたことで、この事件はその後もヨーロッパで長く記憶されることになり、様々な出版物が生み出されています。その後、1858年に江戸幕府が西洋諸国との通商条約を結び、再び外交関係が開かれるようになった1862年、26人は時の教皇ピウス9世によって、聖人として列聖されることになり、この事件に対する再注目と出版物の増加を呼びました。開国後の日本には数多くの宣教師が再来日を試みており、カソリック、プロテスタント双方からの活動が活発化していきますが、再びヨーロッパ諸国に開かれた日本におけるかつて殉教事件が再注目されたのは、こうしたことも背景にあったのではないかと思われます。日本の殉教者の列聖は当時のヨーロッパで大きな反響を呼んだようで、関連する書籍が各国語で相当数に上る数が出版されています。本書はその中でも、もっとも「公式報告書」としての性格が強いもので、当時の影響の広がりと見解を理解する上では欠かせない1冊と言えるでしょう。