書籍目録

『パナマ運河開通記念(サンフランシスコ)博覧会と清らかなる日本』

ジャパン・ツーリスト・ビューロー / (杉浦非水)

『パナマ運河開通記念(サンフランシスコ)博覧会と清らかなる日本』

1914年 東京刊

JAPAN TOURIST BUREAU / Sugiura, Hisui.

PANAMA FAIR & FAIR JAPAN

Tokyo, TOKYO PRINTING CO., LTD, (Compiled in)1914. <AB2017105>

Sold

21.4 cm x 23.5 cm (Folded: 11.0 cm x 23.5 cm), pp.56, Original pictorial wrappers.
デザイン表紙の真ん中部分を折ることで、携行に便利な縦長となる仕様。

Information

ビューロー設立初期に作成されたサンフランシスコ万博限定版の貴重なガイドブック

 日本交通公社の前身である、ジャパン・ツーリスト・ビューローは、1912(明治45)年に設立された、来日外国人観光客の誘致と応対を目的とする団体です。以前から活動していた喜賓会(Welcome Society of Japan)をより発展的に継承した団体で、鉄道院や帝国ホテルをはじめとした外国人向けホテル、日本郵船など関連業界からの賛同を受け設立された半官半民の組織で、現在の日本交通公社の前身にあたるものです。ビューローの設立については、鉄道院の木下淑夫が中心的な役割を果たしており、喜賓会の渋沢栄一と鉄道院総裁であった原敬への木下の積極的な提案により、鉄道院の出資とビューローの設立が可能となったとされています。

 ビューローは設立の翌年(1913年)に、英文での日本ガイドブックを刊行し、来日した外国人観光客にむけたガイドブックを積極的に配布しています。ビューロー発足時には、サトウやチェンバレンをはじめとした外国人の手になる本格的なガイドブックがすでに数種類存在しており、また鉄道院による全5巻からなる記念碑的なガイドブック(An Official Guide to Eastern Asia.)もすでにその準備が進められていました。従って、ビューローとしては、こうした本格的な大部のガイドブックとは目的が異なる、簡便ながらも外国人来日観光客にとって必要な情報をコンパクトにまとめた小冊子のガイドブックを発行しました。

 本書は、1915年にサンフランシスコで開催された万博、通称パナマ運河開通記念万博への出展に際して作成された特別版の英文ガイドブックで、1914年に刊行されています。先に述べましたように、ビューローが最初の英文ガイドブックを作成したのが1913年とされていますので、その翌年に刊行された本書はビューロー初期刊行の英文ガイドブックとして大変重要なものです。

 ガイドブックの構成は、当店ホームページでもご案内している1918年版とほぼ同じとなっており、ここからビューロー設立からの少なくとも5年前後は、同じ構成の英文ガイドブックを発刊していたことが分かります。ただし、その文面や写真はほぼ全て入れ替わっていることから、同じ構成ながらも、毎年その内容を改訂していったことも、また分かります。

 主な構成は次の通りです。

日本から、日本への航路(ROUTES TO AND FROM JAPAN)
I. アメリカから日本へ (AMERICA TO JAPAN)
II. 日本からヨーロッパへ (JAPAN TO EUROPE)
-A. シベリア鉄道ルート(The Trans-Siberian Route)
-B. スエズ運河ルート(Route via Suez)
III. 日本からオーストラリア、インド、東インド (JAPAN TO AUSTRALIA, INDIA, & EAST INDIES)

旅のヒント集 (HINTS TO TRAVELLERS)
1. パスポート(Passports)
2. 税関検査(Customs Examination)
3. 条約港での各種施設、機関への接続 (Connections at Treaty Ports)
4. ホテル (Hotels)
5. 交通機関 (Transit Facilities)
-a. 帝国鉄道(Imperial Government Railways)
-b. 沿岸汽船 (Coasting Steamer Service)
-c. 人力車 (Jinrikishas)
-d. 馬車と自動車 (Carriages and Motor-Cars)
6. 通貨 (Currency)
7. 度量衡 (Weights and Measures)
8. 郵便と電信 (Post and Telegraph)
9. 写真撮影 (Photographing)
10. 旅行に適した季節 (Travelling Seasons)
11. 旅行に適した服装 (Travelling Wardrobe)
12. 娯楽 (Amusements)
13. 歴史的建築物と遺跡 (Historical Monuments and Relics)
14. ビューローによる各種機関への紹介文(Letters of Introduction)
15. 買い物 (Shopping)
16. ガイド (Guides)
17. ガイドブック (Guide=Books)

旅行計画 (ITINERARIES)
A. 観光名所 (Tourist Points)
*ここに旅行地図(TOURIST MAP)も含まれる。
B. 2週間から6週間までの旅行行程例 (Specimen Tours)

朝鮮、満州、中国、台湾 (KOREA, MANCHURIA, CHINA, AND FORMASA)
A. 朝鮮 (Chosen (Korea))
B. 満州 (Manchuria)
C. 中国 (China)
D. 台湾 (Taiwan (Formasa))

ビューローの目的 (The Objects of the Japan Tourist Bureau)

 上記のような構成となっていますが、詳細な情報を遺漏なく詰め込んだ詳細なガイドブックとしては、すでに鉄道省から刊行されていた『東亜英文旅行案内  第1巻、第2巻、第3巻(An Official Guide to Eastern Asia. Vol.1. 1913. / Vol. 2, 3. 1914)』を勧め、本書は携行用に必要な情報を簡潔にまとめたガイドブックとして作成されていることが分かります。おそらくその構成は、ビューローに先立って活動していた喜賓会が発行していた各種ガイドブックやガイドマップ、行程集などを参照して、それらを1冊の携行ガイドブックとして簡潔にまとめ上げているように思われます。

 ビューロー刊行のガイドブックのデザインについては、三越図案部の杉浦非水の作品が用いられていることが知られていますが、本書についてもおそらくそうではないかと思われます。杉浦の落款が見られませんので断定はできませんが、五重塔のシルエットを背景にモチーフを配置するという杉浦独自の構図が本書でも採用されていることから、本書のデザインも杉浦自身によるもの、ないしは少なくとも彼が関係して作成されたものではないかと推察できます。

 ビューローが作成した英文ガイドブックについては、これまでも研究上で言及されることはありましたが、実際にその現物を所蔵している研究機関が少ないためか、特に初期の形態、内容については具体的なことが実はあまりよく分かっていないものと思われます。ビューローの英文ガイドブックは、1930年代まで鉄道院に発行元を変えながらも長年にわたって繰り返し作成されており、その内容、意匠の変化も含めて、いかなる変遷をたどったのか、またその背景に何があったのかということを解明することは、ビューローを中心とした当時の日本の観光政策の内実を実証する上では欠かせない作業と言えるでしょう。その意味において、本資料は、比較的初期のビューローによるガイドブックにあたることから、後年発行のものや、それ以前の喜賓会による各種ガイドブックやガイドマップなどの刊行物との比較研究に際して参照点となる貴重な研究素材と言えるものです。

「大正4年2月から10月まで桑港に於て巴奈馬大博覧会が開催されたが、この博覧会を利用し、特に米国並豪州人に呼掛くべく「パナマ・フェアー・アンド・フェアー・ジャパン」3万部を作成、既刊「英文日本案内(ジャパン)」と共に配布した。この冊子も表紙は杉浦非水氏の図案で日米両国国旗を配したものであった。内容は大体「英文日本案内(ジャパン)と大同小異で、特色は米豪方面よりの交通乃至米豪人の趣向に的するような記事を豊富にしたものであった。同博覧会内特設ビューロー案内所で会期中配布したビューロー並同会員発行印刷物は16種14万8千6百部であった。」
(山中忠雄編『回顧録』ジャパン・ツーリスト・ビューロー、1937年、86頁より)

表紙デザインに杉浦非水の落款は見られないが、五重塔のシルエットを用いる構図は非水独自のデザイン。日米両国の国旗が中心部で結ばれ、両国を結ぶ航路を描く半球図と富士山を背景にした日本の風景を描いた図、そして前面には桜の花びらが舞うという大変手の込んだデザイン。
サンフランシスコ万博の来場者に向けて、そのまま日本へ足を伸ばすことを進める冒頭テキスト。
ガイドマップ
朝鮮や中国、満州、台湾も記事に含めている。
裏面右側が目次となっているのは、1918年版には見られない特徴。裏面に目次があったほうが一覧性に優れていて便利だと思うのだが、少なくとも後年の1918年版では目次は省略されるようになっている。
真ん中部分を縦に二つ折りにして携行に便利なサイズとなるようにしているのは、1930年代に至るまで共通したスタイル。