書籍目録

『日本のホテル』

鉄道省 / (ジャパン・ツーリスト・ビューロー)/ (日本ホテル協会)

『日本のホテル』

追補パンフレット付属 1930年代 刊行地不明

Japanese Government Railways / (Japan Tourist Bureau) / (Japan Hotel Association).

HOTELS IN JAPAN.

1930th. <AB202116>

Sold

With a pamphlet titled Additional Hotels in Japan.

21.7 cm x 23.0 cm, pp.[1(Title cover), 2-3], 4-39, Original pictorial paper wrappers.

Information

外国人観光客のための英文「ホテル」案内

 本書は、日本国内にある「ホテル」を紹介した英文のブックレットです。発行主体は鉄道省(Japanese Government Railways)となっていますが、日本ホテル協会(Japan Hotel Association)、ジャパン・ツーリスト・ビューローについての案内が巻末に記されていて、当時密接な関係にあったこれらの団体と協力して作成されたものと思われます。刊行年についての記載もありませんが、1930年代に刊行されたものではないかと推察されます。

 海外からの旅行者の誘致にあたって最も大きな問題の一つとなったのは、「ホテル」設備の充実で、従来の和式の旅館とは異なる、ベッドや洋式トイレ、洋食を提供するレストラン等の洋式設備を備えた「ホテル」の設置が明治期以降に少しずつ進められていきました。1890年に完成した帝国ホテルは日本を代表する洋式ホテルとして、多くの欧米からの外国人観光客の定番の宿泊先となっていきます。とはいえ、日本国内全体を見ればこうした洋式「ホテル」の数は十分ではなく、「ホテル」を名乗ってはいるものの、実際には従来の和式旅館のままの宿泊施設が多く、こうした「ホテル」の存在は、外国人観光客とのトラブルの原因ともなっていました。

 1930年に日本で初めて。外国人観光客の積極的な誘致が政策として実施されることになり、そのために鉄道省に設置された国際観光局は、こうした事態に鑑みて、国内における「ホテル」の整備と調査を精力的に進めていきました。まず。
同局の主導によって大蔵省から資金援助を受けた「国際観光ホテル」が新たに整備されていくことになります。

「国際観光ホテルはその機能から、2つの都市ホテルと12のリゾートホテルに大別できる。都市ホテルの1つ、横浜のニューグランドホテルは改造資金が融通されたが、他のホテルは全て新設だった。(中略)
 これらのリゾート系国際観光ホテルは、単なる宿泊施設の整備にとどまらなかった。スキー、温泉、ゴルフといったそれぞれのリゾートのテーマに沿った関連施設も開発されていて、リゾート地での外国人のすごし方を垣間見ることができる。また使節の意匠設計や設備設計には、国際観光局、国際観光委員会、地方公共団体、ホテル業者、そして建築家といった多くの関係者が関わった。さらに、このときに設置されたホテル会社の多くは現在も業界で重要な一角を占めており、後世に残されたものは大きい。」
(砂本文彦『近代日本の国際リゾート:1930年代の国際観光ホテルを中心に』青弓社、2008年、94-95頁より)

 こうした「国際観光ホテル」の整備と並行して、従来からトラブルの原因となっていた、あいまいな「ホテル」の定義をより明確化し、欧米からの外国人観光客のニーズに実際に応えることができる「ホテル」を調査し、これらをリストアップして、海外からの旅行者に推薦し得る「ホテル」を把握する試みが行われていきます。

「国際観光局は『ホテル』業界の実情を把握するために、1930年から翌年にかけて政府機関による初めての全国ホテル調査を行った。この調査によってホテル業界の実情を知ることが可能になるだけでなく、法規上、同じ『宿屋』として『宿泊営業取締規則』のもとで扱われていた『ホテル』と『旅館』の両者を、政府機関が調査過程で差異化していくことを意味していた・調査はまず、既存宿泊施設のなかから、①洋式設備を持っているホテル、②給水給湯、暖房などの『外国人宿泊設備を比較的完備』しているホテル、③年間宿泊外国人が100名を超えるホテル、そのうち30室以上の客室を持つ『ホテル』をリストアップし、これらの稼働率、外国人利用率、構造、設備(客室、給湯、浴場、便所など)、宿泊料などについて報告している。調査結果は、①洋式設備を持っている『ホテル』が146、②給水給湯、暖房などの『外国人宿泊設備を比較的完備』している『ホテル』が30、③年間宿泊外国人が百人を超える『ホテル』が53、そのうち30室以上の客室をもつ『ホテル』が43あったと報告し、ホテルの輪郭を絞り込んでいる。」
(前掲書、96頁より)

 こうした国際観光局による、国際観光ホテルの整備、全国のホテル調査、かねてからジャパン・ツーリスト・ビューローとともに海外からの旅行者に洋式ホテルの紹介や斡旋、空室紹介などをおこなっていた日本ホテル協会といった業界団体の協力などを経た上で、鉄道省として外国人観光客に推薦し得るホテルを紹介するための英文案内として出版されたのが、本書であると思われます。本書には朝鮮、台湾、満州も含めた日本にあるホテルが都市ごとに写真と共に紹介されており、巻末には国際観光協会、ジャパン・ツーリスト・ビューロー、日本ホテル協会の紹介記事も掲載されていて、この1冊で日本各地における洋式ホテルの概要を知ることができるつくりとなっています。また、本書には、本編刊行時に収録しきれなかったホテルを追加した「Additional Hotels in Japan」というパンフレットが挟み込まれていて、本書の出版作業を進める一方で、国内におけるホテル整備が急ピッチで進められていたことがうかがえます。

 本書では、洋式ホテルの情報に加えて、「旅館(Ryokan)」や「宿屋(Yadoya)」についての簡単な案内も掲載されていて、洋式ホテルでない宿泊施設を希望する旅行者にも配慮しています。具体的な宿泊施設名が案内されているわけではありませんが、和式旅館に宿泊する際の注意点や、作法、食事、標準的な施設の案内が記されていて、この辺りの記述は旅行者への配慮とともに、国内の関係者への配慮が感じられるものです。

 なお、本書は同じタイトルで何度も再版されているようですが、どの位の数の改訂版や縮約版が刊行されたのかについては、店主も把握しきれていません。ただ、これまで確認することができた諸本の中では、本書の内容が最も充実しており、ページ数も多いことから、本書が最初に出版され、それ以降に版を重ねたり、これを元に簡略化したものが繰り返し再版されていったのではないかと思われます。