書籍目録

『祝福されたイエズス会創始者イグナティウス・ロヨラの生涯』

イエズス会

『祝福されたイエズス会創始者イグナティウス・ロヨラの生涯』

(普及改訂版) 1639年 アウグスブルク刊

Societas Iesu.

VITA SANCTI IGNATII LOIOLÆ SOCIETATIS IESV FVNDATORIS.

Augsburg, M.DC.XXXVIIII(1639). <AB202111>

Reserved

(Later popular ed.)

9.3 cm x 15.2 cm, Title., 100 numbered leaves (printed on recto only), Later card boards.
旧蔵機関による押印、ラベルの貼り付けあり。やけ、シミ等が見られるが欠損や判読に支障を及ぼす箇所はなし。 

Information

イエズス会創始者ロヨラの生涯を100枚の銅版画とテキストで紹介、タイトルページにパウロ三木ら三人の日本の殉教したイエズス会士の姿を描く

 本書はイエズス会創始者であるイグナティウス・ロヨラの生涯を100枚の図版に描かれた銅版画と短いテキスト(ラテン語とドイツ語を併記)で表現した作品です。生前から信仰の促進における視覚芸術の重要性を説いていたロヨラと、その方針に沿って16世紀末から17世紀にかけて出版されたイエズス会の図版を多様した多くの書物の中でも特に代表的な作品と言えるもので、しかもタイトルページ下部にパウロ三木ら3人のイエズス会士の殉教者らを描いた図が含まれているという大変興味深い一冊です。

 ロヨラとその意を継承したイエズス会による視覚芸術の活用については、近年になって再評価と新たな研究が展開されていることが指摘されており、特に16世紀以降めざましい技術的進歩を遂げつつあった銅版画を大いに用いたイエズス会による書籍出版の重要性が改めて検討されるようになってきました。本書は、全100枚からなるロヨラの生涯の象徴的な場面を描いた銅版画と、それらの場面を解説する短いラテン語(ドイツ語併記)のテキストで構成されていて、イエズス会による精力的な挿絵本出版活動を象徴するような作品となっています。本書はその意味において、ロヨラが信仰において視覚芸術を重視していた生前の方針を、ロヨラ自身の伝記作品において表現された重要な作品ということができるでしょう。

「彼(ロヨラのこと:引用者注)は自らの住まいに宗教画の小コレクションをもち、絵画の前で祈祷し、瞑想するのが常であったと記録されている。しばしば彼は、わき上がる雲と光の中にイエスを抱く聖母の幻視を見た。彼自身の体験もあって、ロヨラは霊魂の上昇に際して、とりわけイエスと聖母マリアのイメージが宗教的霊感を鼓吹するものであることを知り、積極的に、これを修道士の修練法に用いた。とくに、惰性に堕ちた日常のなかで、画像によって、イエスと聖母の苦難や犠牲、血、涙、苦痛、歓喜などを、あたかも眼前にしたかのようにつぶさに体験することが信仰心の活性化にとって不可欠だと信じ、教会において、それらの効果的な聖画像を設置し、崇敬することをすすめていた。これはトレントの公会議第25盛会議で公布された命題と一致する。すなわち、1563年12月3日、聖遺物、聖画像の崇敬の布告が決定されているが、そこには「キリスト、マリア、星人たちのイメージを、特に教会のなかに置き、これを崇敬すべきである」と書かれているのはすでに述べたとおりである。イグナティウス・デ・ロヨラの宗教美術館はトレントと一致していた、というよりも、トレントの聖画像重視にはイエズス会の理念が反映していたと見るべきであろう。」
(若桑みどり『聖母像の到来』青土社、2008年、83-84頁)

 このように、ロヨラによって主導されたイエズス会による視覚芸術を活用した積極的な書籍出版が進められた16世紀末は、おりしもヨーロッパで「エンブレム・ブック」と呼ばれる「題辞(モットー)、挿絵(図像)、詩文(エピグラム)の3つの要素から構成されている」(松田隆美監修編『「寓意の鏡:16・17世紀のヨーロッパの書物と挿絵」展』慶應義塾図書館、1999年、v頁)ジャンルの書籍出版が盛んに行われていた時期にあたります。寓意性に富んだ図像と、それを象徴するモットー、そして、それらをわかりやすく説きほぐす解説文によって、読者に普遍的な教訓を提供しようとするエンブレム・ブックの流行は「カバラやエジプトのヒエログリフなどの神秘的な知を探究する一方で、広範な教化をも心掛けたルネサンス精神の二面性」(前掲書)を示す現象と言われていますが、対抗宗教改革の進展の中でロヨラ、イエズス会が展開した挿絵入り書物の出版活動と本書の出版は、こうした時代背景に呼応するものでもあったと考えられます。

 本書初版はロヨラが列福された1609年にローマで刊行されていて、この初版はアントワープで製作されたとされる全80枚の図版で構成されており、その図版の作成にはバロック期のフランドル絵画の巨匠として知られるルーベンス(Peter Paul Rubens, 1577 - 1640)も深く関与していたことが知られています。この初版本は、1622年にロヨラが列聖された際に改訂が施され、列聖式の場面を描いた図版を1枚追加して全81枚の構成とした第2版が刊行されました。本書はこれらに続いて1639年にアウグスブルクで刊行されたものです。それまでの版が四つ折り判のやや大きめの書物であったのに対して、本書は現在の新書に近いハンディサイズになっています。また、図版の数が第2版の全81枚に対して、全100枚と増加していて、それまでラテン語だけのテキストであったものが、ドイツ語が併記されるなど構成面においても変更が見られます。書物の大きさが変更されているため、図版は新たに彫り直されたようですが、多くの図版は初版と第2版の図版を継承して縮小しているように見受けられます。ロヨラの生涯をわかりやすい銅版画を中心にして紹介した本書は、持ち運びのしやすいサイズであることや、ラテン語のテキストだけでなくドイツ語も併記するなど、より多くの人々に読まれ、常に携行されることも狙ったと思われるこのアウグスブルク版によって、いっそう影響力を広めることになったのではないかと思われます。その意味では本書は「普及改訂版」とも言える位置付けがなされるべきでしょう。

 また、本書のタイトルページにはロヨラと、彼と共にイエズス会を創設したザビエルらや、当時のイエズス会総長といったイエズス会ゆかりの偉人が描かれていますが、その下部に日本の三人のイエズス会殉教者が描かれていることも注目すべき点でしょう。左下の石柱の台座には「IN IAPONE」と記されていて、磔刑に処せられている三人の姿が描かれており、これは明らかにいわゆる「日本二十六聖人」とよばれる1597年の秀吉によるキリシタン処刑によって犠牲になった三人の日本のイエズス会士である、パウロ三木、ディエゴ喜斎、ヨハネ五島を描いたものと考えられます。(この点については、Rappo, Hitomi Omata. Des Indes lointaines aux scénes des colléges: Les reflets des martyrs de la mission japonaise en Europe (XVIe - SVIIIe siécle)(Studia Oecumenica Friburgensia 101). Aschendorff Verlag, 2020. ISBN:9783402122112. 377-379頁を参照)

 なお、本書の装丁は19世紀頃に施されたのではないかと思われる厚紙装丁で、旧蔵機関による押印やラベルなどが貼られています。かなり読み込まれた感のある状態ですが、それだけ様々な人の手を経て常に読み続けられていたことをうかがわせる1冊です。