書籍目録

『日本:この帝国を構成する島々がヨーロッパ人に知られるところとなった最初期の時代から現代に至るまでの歴史的、地理的叙述、ならびに合衆国によって準備された(日本)遠征隊、その他について』

マクファーレン

『日本:この帝国を構成する島々がヨーロッパ人に知られるところとなった最初期の時代から現代に至るまでの歴史的、地理的叙述、ならびに合衆国によって準備された(日本)遠征隊、その他について』

後年版 1856年 ハートフォード刊

MacFarlane, Charles.

JAPAN: AN ACCOUNT, GEOGRAPHICAL AND HISTORICAL FROM THE EARLIEST PERIOD AT WHICH THE ISLANDS COMPOSING THIS EMPIRE WERE KNOWN TO EUROPEANS, DOWN TO THE PRESENT TIME, AND THE Expedition Fitted Out in the United States, etc….With Numerous Illustrations.

Hartfort, Silas Andrus & Son, 1856. <AB202109>

Sold

Later edition.

8vo (15.0 cm x 23.0 cm), 2 leaves(blank), Front., pp.[i(Title.)-v), vi-xii, [NO LACKING PAGES], pp.[9], 10-365, Plates: [6], Original decorative red cloth.
出版当時の装飾クロス装丁。背や角部分に傷みが見られる。本文はヤケが散見されるが全体として比較的良好な状態。[Cordier: 512(1st ed.) / NCID: BB15159487]

Information

1852年当時の英語圏における一般的な日本観を示す日本概説書

 本書は、ペリー(Matthew Calbraith Perry, 1794-1858)による日本遠征が実施される直前のアメリカにおいて広く読まれた日本論で、という時のアメリカにおける標準的な日本理解の水準と遠征隊の意義についての認識を示している書物です。著者のマクファーレン(Charles Macfarlane, 1799-1858)は、スコットランド出身の著作家で、歴史書や旅行記、地誌に関する著作が多数ある人物です。彼自身は来日経験がありませんでしたが、豊富な著作の執筆経験を通じて培った文献読解力に基づいて多くの先行文献を参照しながら、日本概論ともいうべき本書を著しました。

 アメリカでは、ペリーによる日本遠征隊の派遣の実施の10年以上前から、日本をはじめとした太平洋を挟んだ東アジア沿岸諸国との交易開拓の重要性が様々な立場から主張されており、その一環で日本に対する関心も徐々に高まりつつありました。こうした関心に呼応するように、1830年代末以降からアメリカ国内では数多くの日本関係文献が出版されています。たとえば、1849年(初版ロンドン版はそれよりも前)にニューヨークで刊行された『日本の人々の風俗と習慣(Manners and customs of the Japanese…New York, 1849)』は、シーボルトやフィッセル(Johan Frederik van Overmeer Fisscher, 1800 - 1848)、ドゥーフ(Hendrik Doeff, 1777 - 1835)といった来日経験のあるオランダ商館関係者の著作を編纂して概説的な日本論としたもので、繰り返し再版されていることから、当時非常によく読まれたものと思われます。また、ワッツ(Talbot Watts)が1852年に刊行した『日本と日本人(Japan and the Japanese, New York, 1852)』は、選考文献の要約、抜粋だけでなく、当時の日本遠征に関する新聞や雑誌記事を掲載して、日本の概論的な知識と遠征隊の情報を組み合わせる構成をとっています。本書の初版は1852年にロンドンとニューヨークでほぼ同時に刊行されていて、こうしたある種の「日本ブーム」ともいうべき出版状況を背景として刊行されたものです。1852年の初版は好評を博したものと思われ、1856年にはほぼ同じ内容、構成でテキストに罫線を加えるなどごく僅かな変更だけが加えられた再版が刊行されています。本書はこの1856年に刊行された再版にあたるものです。

 本書の特徴は、著者が序文でも述べているように16世紀に出版されたイエズス会宣教師によって執筆された日本報告書から始まり、執筆当時の最新文献に至るまで数多くの日本関係先行文献を駆使して執筆されている点にあります。先に挙げた『日本の人々の風俗と習慣』が主に当時の最新文献であった3つの著作を組み合わせて英訳する形で執筆されているのに対して、本書はそれよりも多くの、そしてより古い文献も参照しながら執筆されており、その結果、より多角的で包括的な日本論となっています。

 本書の本文は全11章と補遺で構成されていて、第1章では、ヨーロッパ人と日本との交流の歴史を16世紀に遡って、そこから現代に至るまでの記録を論じています。この章の最後の部分では、アメリカが日本の開国に向けて遠征隊を派遣することは、一国の利益のみならず、世界的な意義を有するものであることを強調しており、日本と西洋との長い交流の歴史において、日本遠征隊の派遣が画期的な事業となることを論じています。第2章以降は、日本に関する知識を分野別に手際良くまとめており、第2章が地理的概論、第3章は人種とその起源、第4章は宗教、第5章は統治機構、第6章は鉱物、第7章は自然産物、第8章は動物、第9章は芸術、第10章は大衆文化、第11章は言語、という構成になっています。いずれの記述も先行文献による参照箇所を本文下部に記しており、著者の情報源が確認できます。

 また、本書は先行する新旧の様々な文献から取ってきた多くの図版があることも特徴的で、口絵を含めて7枚の独立した1ページ大の図版に加え、各章の冒頭に配置された図版など、多くの視覚資料も収録しています。ただし、これらの図版は、本書オリジナルのものというよりは、マクファーレンが参照した多くの先行文献からほぼそのままとってこられたもので、古くは17世紀に遡るような正確性に欠ける描写に基づいている図版も少なくありません。とはいえ、数多くの先行文献を駆使しながら構成されたテキストや、本書が英語圏、特にアメリカで広く流通した事実に鑑みると、本書は、遠征隊派遣直前のアメリカの一般的な日本観を示す書物として重要な意味を持っていると言えるでしょう。

 なお、本書は近年になって『日本 1852:ペリー遠征計画の基礎資料』(渡辺惣樹訳、草思社、2010年)と題した邦訳版が刊行されています。