書籍目録

『世界の鑑』

ユザンヌ

『世界の鑑』

唐革紙によるジャポニズム特装版 (同タイトルで異なる装丁2冊) 1888年 パリ刊

Uzanne, Octave.

LE MIROIR DU MONDE. NOTES ET SENSATIONS DE LA VIE PITTORESQUE PAR OCTAVE UZANNE. ILLUSTRATIONS EN COULEURS D'aprés PAUL AVRIL.

Paris, MAISON QUANTIN, MDCCC LXXXVIII. (1888). <AB201797>

A) ¥145,800 / B) ¥118,000

A) No. 1172 of limited 2,000 copies. / B)No. 801 of limited 2,000 copies.

21 cm x 28 cm, Half Title, Title, pp.[I], II-IV, [1-3], 4-163, 2 leaves, Original color illustrated card wrappers with decorative " Japanese imitation leather " covers.
A) 日本の金唐革紙を模したカバーに傷み、退色が見られない極美状態。ページの上部が製本当時のままで切り開けられていない、いわゆるUnopendの状態。/ B)カバーの背とヒンジ部分にやや傷みあり。

Information

フランス愛書家ブームとジャポニズムの幸せな結合を物語る特装版 

 本書は、1878年のパリ万博前後において隆盛を極めた「ジャポニズム」と、同時期のフランス、イギリスを中心としたヨーロッパで見られた「美しい書物」の復興ムーブメントが結合した、類稀なる作品です。著者は、文筆家にして当代きっての愛書家として知られるユザンヌ(Octave Uzanne, 1851 -11931)で、彼は、書物を作成するにあたって、テキストの内容、挿絵が優れていることは言うまでもなく、その字体、テキストと挿絵のデザイン構成、印刷紙の品質と風合い、そして装丁という、およそ書物のあらゆる側面において、最上の作品として生み出すことを目的としていました。その彼が、本書の特別装丁として採用したのが、日本の「金唐革紙」と呼ばれる、皮革を模して高度な技術と優れた技芸で作成された紙でした。

 「金唐革紙」とは、元々はヨーロッパの、なめし革に動物や草花など様々な意匠の型押しと金箔や彩色を施した「金唐革」と呼ばれる工芸品にそのルーツがあります。「金唐革」は、17世紀の舶来品として江戸時代の日本に持ち込まれ、その優れた技巧に惹かれた日本の職人が、これを国内で製造することを試み、当時の日本では大量に流通していなかった皮革ではなく和紙で模造したことから、革を模した紙ということで「擬革紙」と呼ばれるようになりました。その後「擬革紙」の製造技術は非常に高まり、これを用いた工芸品が江戸時代中に多く作成されるようになります。

 この「擬革紙」は、幕末から明治にかけて来日した外国人(オルコックなどを中心とする)の目にとまり、1862年の第2回ロンドン万博以降出品されるようになり、人気を博していきます。1877年の第3回パリ万博の時代になると、日本を象徴する工芸品の一つとして大変な評判を呼ぶようになり、ヨーロッパの「金唐革」を模した日本独自の紙ということで「金唐革紙」の名称で壁紙を中心とした建築装飾品としても大々的に売り出されていきました。「金唐革紙」は「ジャパン・レザー」とも呼ばれ、いわば工芸分野における「ジャポニズム」の象徴の一つとして、「金唐革紙」があったと言えます。

 一方、本書の著者であるユザンヌは、1874年に設立された「書物の友協会(Société des Amis des Livres)」に所属し、以降一貫して単なる懐古趣味にとどまらない美しい書物を生み出すことを目指し、様々な試みを行っていました。その中で、ユザンヌが着目したのが、ジャポニズムに沸くヨーロッパで人気を博していた「金唐革紙」でした。当時すでに「金唐革紙」を用いて、お気に入りの書物を特別にあしらえるということは、流行に敏感な一部の富裕層の間で行われていましたが、ユザンヌはこれを自身の書物の特別な装丁として生産することを試みました。当時の実際の制作数は定かではありませんが、限定部数とはいえ、一般の新刊書の装丁に「金唐革紙」を用いるというのは、ユザンヌが初めてなし得たことです。その意味でユザンヌは、ジャポニズムと書物装丁の美とを結合する試みを、広く一般に向けた書物刊行の分野おいてヨーロッパで最初になし得た人物と言えます。

 しかも、ユザンヌはこの特別装丁を複数種類作成していたことが知られており、少なくとも7種類が当時存在していたと言われています。ここにご案内しているものは、そのうちの2種類です。

 上記でA)と記しているものは、草花の間を飛び交う蝶や虫たちを型押ししたデザインで、金の箔押しでタイトルが示されています。見返し部分はビロードのような布地があしらわれており、スリップに書物本体を差し込むことで、ブックカバーとなるような作りになっています。ユザンヌのジャポニズム装丁本は、現存するものが数少ないことに加え、保存状態が良いものが少なく、作成当初に有していた美しい意匠と風合いを残しているものは極めて希少といわれています。A)は、状態としてはほんのわずかの痛みしか見られない極美ともいうべき状態で、その点でも非常に美術的、資料的価値が高いものです。

 また、B)は、雲間を蛙や蝸牛、蝉、蜻蛉、蟷螂といった生き物たちが列をなして舞う非常に幻想的なデザインで、それぞれの生き物や草花に彩色や箔押しが施されています。タイトルは、A)と同じく金箔押しで示されています。見返し部分はA)と同じくビロードのような布地があしらわれていますが、その色彩は緑青のような色でA)とは異なっています。背表紙とヒンジの部分に痛みと小さな破れが見受けられ、A)に比べてると状態は劣るものの、全体的な状態としては良好と言えるもの貴重なものです。

 もちろんユザンヌ自身による書物本体も、大変に美しいもので、当時の印刷技術の粋を極めた様な素晴らしいデザインで作成されています。多色刷りに高品質の紙を用いており、書物自体が一つの工芸品とも言える様な惚れ惚れする出来栄えです。書物の内容は、タイトルに「世界の鑑」とあるように、世界を映し出す様々な文化、芸術、生活を、全10章で巡る内容になっていて、「世界と社会」、「芸術と文学」、「インテリア」、「学問」、「愛」、「旅」、「スポーツ」、「食卓」、「夢」、「田舎」といった当時のヨーロッパ文芸界の雰囲気を象徴するようなキーワードが目次に並びます。テキストを彩る美しい挿絵は、アヴリル(Édouard-Henri Avril, 筆名はPaul Avril, 1843 - 1928)が担当しており、デザインの随所にジャポニズムの影響を多く見ることができます。

 ジャポニズムについての研究は、絵画を中心として様々な工芸品や舞台芸術、小説などについて研究がなされてきていますが、書物装丁の分野においてもジャポニズムが極めて大きな影響を与えていたことは、それほど研究されていないように思われます。ヨーロッパ由来の「金唐革」が、日本独自の工夫を加え「金唐革紙」となり、ヨーロッパへともたらされることで、新たな書物の装丁を生み出すという、長い年月をかけた技芸と文化の交流を示す本書は貴重な証人とも言えるものです。当時のヨーロッパで隆盛を迎えつつあった「美しい書物」を復興しようとする機運と、ジャポニズムが結合した稀有な東西文化交流を物語る資料として、本資料は大変価値あるものと言えましょう。

A)のカバー表面を開いた状態。
A)カバー裏面。四角のスリットに本を差し込むことで書物と一体化したカバーとなる。
A)カバー表部分。
B)カバー表面を開いた状態。
B)カバー裏面。
B)カバー表部分。
書物本体もカバーで覆ってしまうのがもったいないほどの出来栄え。
裏表紙
カバーに書物を載せた際のイメージ。
2,000部がオランダヴェラム紙版、100部が日本紙版、100部が日本紙大判で印刷されたようである。A)はオランダヴェラム版の1172番。ただし、「金唐革紙」のカバーは、すべての本に用意されていたわけではなく、実際にどれほど作成されたのかについては不明。
B)は、オランダヴェラム紙版の801番。
タイトルページ
デザインの様々な部分にジャポニズムの影響を見ることができる。
デザインに適した最適の印刷を駆使している。