書籍目録

『日本旅行記』『日本王国、ならびにその皇帝と統治についての略誌』

ヴィルマン

『日本旅行記』『日本王国、ならびにその皇帝と統治についての略誌』

(第2版) (1673-4年) (ヴィーシンクスボリ刊)

Willman, Oloff Erichson / Kiöping, Nils Matson (ed.)

Härpå fölger een Reesa till Ostindien / Jempte Een kort Berättelese Om konungerijket Japan och theß Keysare / etc. [with] Nufölier een kort Berättelse Om Kongarijket Japan / Theß Keysarn, och Regimente...

Wisingsborg, Johann Kankel, 1673 (-1674). <AB201759>

¥237,600

(Second enlarged edition)

4to, pp. 163-176, lacking 177 as issued, 178-349[i.e.249], 250-304, Modern card boards.
『東インド、中国および日本への旅行』第2版(1674年)後半(163ページから)に収録されている日本関係記事を独立させて綴じたもの。

Information

スウェーデン軍人が描いた家綱治世(1652年)の日本

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「ウーロフ・エーリックソン・ヴィルマン Olof Eriksson Willman なる人物とその生涯、その著述『東インド、シナ及び日本への旅行』と「日本王国、その工程及び政治についての略誌』については、彼の生国スウェーデンでも一般に余り注意されていないし、その他の西欧諸国では殆ど知られていないようである。例えばスウェーデンの第百科事典 Nordisk Familjbok, encyklopedi och Konversationslexikon 1934年版(改訂版)にも、僅かに次のような簡単な記述があるに過ぎない。
 
 ウーロフ・エーリックソン・ヴィルマン
 東インド旅行者、旅行記著者(1600年代)1647年オランダに赴き、東インド会社に奉職、1651年7月バタヴィヤから日本へ派遣されたオランダ使節に従僕長として随行し、使節が江戸の将軍居城へ帯同することを許されたヨーロッパ人3人のうちの1人であった。1652年12月日本からジャヴァへ帰還、1653年1月会社を辞職、1654年ストックホルムに帰還、海軍士官となった。その旅行記「東インド、シナ及び日本への旅行』Een Reesa till Ost Indien, China och Japan及び『日本王国、その皇帝及び政治についての略誌』 Een kort berättelse om Kongarijket Japan, thess Keysare och Regimente (1677年刊行、再版1673−74年)は、当時日本がオランダ人以外のヨーロッパ人に対して閉ざされていたため、日本に関する記録がないという理由からとくに興味がある。参考文献ーイェーネ教授著『二人のスウェーデン人の日本旅行者』(Proj, H. Hjärne; Tvågvenska Japanfarare. 1923)

 エンサイクロペーディヤ・ブリターニカ、マイヤー、ブロックハウス、ラルース等の百科事典には、ヴィルマンの項は見当たらない。だからと言う訳でもないが、とにかく西欧諸国では、ヴィルマンは、学者たちの研究の対象となっていなかったと思われる。」
(ウィルマン 尾崎義訳『日本旅行記』弘文社、1953年より)