書籍目録

「日本と当地へのアメリカ遠征隊派遣について」

アレン

「日本と当地へのアメリカ遠征隊派遣について」

1853年 セントルイス刊

Allen, Thomas. (SENATOR FROM ST. LOUIS)

JAPAN, AND THE EXPEDITION THERETO OF THE UNITED STATES: A DISCOURSE DELIVERED BEFORE THE MISSOURI HISTORICAL SOCIETY, IN THE HALL OF THE HOUSE OF REPRESENTATIVES, JEFFERSON CITY, DECEMBER 22, 1852.

St. Louis, The Missouri Republican Office. (Published by order of the Society), 1853. <AB201741>

Reserved

13.7 cm x 21.5 cm, pp. [1-5], 6-34, a blank leaf, Bound in paper wrappers.

Information

ペリー日本遠征隊のアメリカ国内における文脈を把握するための重要素材

 本書は、ペリー(Matthew Carlbarith Perry, 1794 -1858)による日本遠征隊がアメリカを発った約1ヶ月後に行われた、ミズーリ州上院議員アレン(Thomas Allen, 1813 - 1882)による、地元での講演記録を刊行したものです。

 ペリーの日本遠征隊は、突如として計画されたものではなく、当然ながらそこに至るまでの複雑な文脈がありました。アメリカ捕鯨業の発展による太平洋進出、カリフォルニアの領土獲得と金鉱発見による西海岸経済の爆発的発展、それに伴う太平洋横断航路への商業的期待、中国を主とする東アジア地域でのイギリスとの経済的覇権をめぐる熾烈な競争、等々といった多くの複雑に入り組んだ経済的、政治的、外交的文脈の微妙なバランスの上で実現したものです。後年から見ると、アメリカが「一貫して」「確固たる意志と目的を持って」日本遠征隊を計画していたと思ってしまいがちですが、実際には、むしろ当時のアメリカ国内におけるミクロ・マクロ双方の様々な条件が織りなす中で、辛うじて実現されたといったほうが正しく、それだけにその背景にあった文脈を一つ一つ丁寧に読み解くことが、日本遠征隊の全貌を理解する上では欠かせません。

 本書はこうしたアメリカ国内の文脈を読み解くための資料の一つと言えるもので、ペリーがアメリカを発って日本に向かってから1ヶ月ほどが過ぎた12月22日にミズーリの歴史協会で行われた講演録を収録したものです。著者のアレンは、マサチューセッツの生まれで、大学で法学を修めてからニューヨークの法律事務所でキャリアを積んだ後、ワシントンに移り民主党寄りの新聞を創刊しました。1842年にミズーリに移り住んでから、1850年に州上院議員となり1854年までその職にありました。政界でのキャリアを積む一方で、財界においてもミズーリで鉄道会社、太平洋鉄道(Pacific Railroad)を営んでおり、政財界にそれなりの影響力を持っていた人物と思われます。

 彼の講演は、まずアメリカがヨーロッパ諸国と異なり、武力ではなく交易の推進によって相互利益となるように、他国との関係を構築してきたという自国の歴史を振り返るところから始まります。アメリカは、海外領土を植民地化することではなく、対等に交易を行うことで、相互の利益を推進してきたことが強調されています。そして、太平洋を挟んで多くの国々が開かれており、すでに交易が盛んに行われていることを述べた上で、独り日本がその環に含まれていないことを論じます。

 そこから、彼は日本の地理的概況、自然産物、ヨーロッパ諸国との交渉史、政治状況、経済状況、文化、工芸、宗教、婚姻、埋葬といった、多岐にわたる日本についての基本情報を概略していきます。こうした日本についての記述は、当時のアメリカ国内の上流階層が持ち得た平均的な知識を反映しているものと思われ、参照した書物として、シーボルトやゴロウニンらの著作が挙げられています。彼がここで示している日本論については、特段否定的なニュアンスは見られず、多くの先行する著作の記述内容をバランスよくミックスした極々平均的な日本論と言えるものです。

 続いて、講演の本題と言えるアメリカと日本との関係について話題が及び、まず捕鯨業の発展により、太平洋上への進出が盛んになった文脈を論じたのち、具体的な出来事として、1837年の日本人遭難者返還を意図したモリソン号派遣と失敗について、アメリカ船員が日本に難破してから、国内において虐待を受けているとの報を受け、救出に向かったグリン艦長の報告が手短に挙げられます。

 こうした文脈を踏まえた上で、今回のペリーによる日本遠征隊の意図がいかなるものかについてのアレンの見解が論じられます。今回の遠征は、武力による強制や、伝道目的によるものではなく、日本人の偏見を乗り越えるための平和的な交渉であることを、アレンは強調します。自然的理性と権利、そして正義とに基づいて、日本を人道の尊さに目覚めさせ、等しく人間によって享受されるべき原則の環に日本を加えることを使命としており、グロティウスやプーフェンドルフによって打ち立てられた「国際法」の諸原則を日本がすぐに理解することは難しくとも、人間性の必要不可欠な条件である普遍法を日本も学ばなければならない、とします。普遍法としての国際法、所有権の遵守といったアメリカの基本的価値観に基づいて、日本を開国させる使命を語るアレンの論調は熱を帯びていきます。

 遠征隊の大義名分を高らかに謳ってから、実際的な問題として、日本との貿易による商業上の利益が日米双方にとって多大である事が論じられます。それから、この遠征計画の立役者とされる元国務長官ウェブスター(Daniel Webster, 1782 - 1852)の言を引いて、遠征計画を実行性のあるものとするためのポイントを論じます。ウェブスターはペリーの遠征計画を推進するための政治的重要人物で、ペリーが出発する直前に亡くなっていますが、アレンは、彼の多彩な人生が終わりを迎えても、彼はその精神、偉業において依然として生き続けており、今回の遠征を導くであろう、と彼を讃えています。そして、当時すでに流布していた、有名な言葉「明白な運命(MANIFEST DESTINY)」を持ち出し、アメリカは、「天上の息子達」である、あらゆる国と交易する権利を有しており、そこから太平洋を横断する船舶に不可欠な「石炭を買う権利」があるのだと、自論を展開し、今回の遠征は「アメリカの使命」と呼ばれるべき崇高な企てであると言います。そして、この講演が行われた地であるミズーリは、(アレン自身も多分にその利権に関わっていた)大陸横断鉄道の要所であり、今回の遠征隊の成功がミズーリに多大な繁栄をもたらすであろうことを述べて、講演を締めくくっています。

 本書に収められたアレンの講演は、当時のアメリカ国内における、日本理解の平均的水準を示しているだけでなく、日本遠征に寄せられた様々な思惑や、利害、理念が交錯している様をありありと例示しており、大変興味深いものです。ミズーリ歴史協会によって印刷された小冊子ということもあって、現在では入手することが大変難しい資料ですが、ペリーの日本遠征隊の立体的、複合的理解には欠かせない文献と言える資料でしょう。
 
 なお、本書前半のアレンによる日本論について紹介した先行文献として、北村勇による「トーマス・アレンの日本論」(アメリカ研究1972年6号)があります。

出版の経緯を示す冒頭部分。下部にある注意書きは、アレンが参照した文献を示している。
「明白な使命(MANIFEST DESTINY)」と日本遠征隊とがリンクして論じられている。
厚紙による装丁で、表紙にはタイトルページの部分コピーが貼付してある。