書籍目録

『恋するライオン』

スリエ

『恋するライオン』

新装150部限定版 コルディエ旧蔵書(ラパルリエ装丁)著者直筆書簡挿入  1882年  パリ刊

Soulié, Frédéric / (Cordier, Henri) / (Raparlier, Paul Romain)

LE LION AMOUREUX…NOUVELLE ÉDITION. Illustrée de 19 vignettes dessinées par SAHIB et gravées au burin sur acier par NARGEOT. Avec Notice historique et littéraire PAR LUDOVIC HALÉVY.

Paris, Librairie L. Conquet, 1882. <AB20211727>

Sold

Exlibris Henri Cordier, no. 105 of 150 only limited copies, with an ALS(Autograph Letter Signed).

11.8 cn x 18.0 cm, 2 leaves(blank), Original front cover, 2 leaves(blank), a leaf of ALS, 2 leaves, Half Title., Title., Front., pp. [I], II-XIX, pp.[1], 2-170, 1 leaf, 2 leaves(blank), original back cover, 2 leaves, Contemporary red Morocco leather bound by Paul Romain Raparlier.
極めて良好な状態。小口は三方とも金箔押しが施されている。

Information

コルディエの書物に対する愛情とこだわりが凝縮された美装本

 本書は、19世紀前半に活躍した作家、劇作家であるスリエ(Frédéric Soulié, 1800 - 1847)の作品を、新たな挿絵と解説を付して限定版として1882年に刊行されたものです。全500部のうち、さらに150部は「日本紙」と呼ばれるより高級な用紙を用いて印刷されており、本書はこの150部限定の「日本紙版」の105番にあたる一冊です。本書が興味深いのは、東洋研究者、書誌学者の大家として知られるコルディエ(Henri Cordier, 1849 - 1925)の旧蔵書であることで、見返しに特徴的な彼の蔵書票が貼られており、またコルディエが本書の製本に際して特別に入手したものと思われる、著者スリエの直筆書簡が綴じ込まれています。本書は東洋研究に関連のある作品ではありませんが、コルディエがしばしば愛用していたことで知られる当時のパリを代表する装丁師ラパルリエ(Paul Romain Raparlier, 1858 - 1900)による非常に手の込んだ美しい装丁が施されており、文学愛好家、書物愛好家としてのコルディエの多彩な側面を垣間見させてくれる一冊となっています。

 スリエの『恋するライオン』は、1839年に発表された作品で、元々はイソップ物語に収録されている同名の寓話に着想を得た物語です。イソップ物語における「恋するライオン」というお話は、農夫の娘に求婚したライオンに対して、農夫が婚約を認める条件としてあらかじめ牙と爪とを抜いておくことを提示し、それにライオンが従うや否や、ライオンを叩いて追い出してしまうというあらすじです。この物語からは、古来から様々な教訓が引き出されてきましたが、スリエはこの物語にヒントを得て、地位と富のある紳士が身分違いの相手に恋焦がれたことによって引き起こされる悲喜劇を描き出して、現代版『恋するライオン』として発表しました。この作品は、「恋するライオン」の新しい寓意を引き出した作品としてヨーロッパでこれに続く物語が生み出されるきっかけになったことでも知られています。

 本書は、このスリエの『恋するライオン』を著者没後から35年経った1882年に、新たな解説文と挿絵を付して「新版」として刊行されたものです。当時の出版界の流行りでもあった部数限定本として、全500部限定、うち150部はより高級な「日本紙」と呼ばれる特別紙を採用した特別本の扱いで刊行されています。当時のヨーロッパでは部数限定本や、オランダ紙、日本紙と呼ばれる高級紙を用いた特別本の出版が流行しており、本書もこのような流行を背景に、スリエの作品の新装版として刊行されたものではないかと思われます。

 大変興味深いことに本書には、東洋学者、東洋学文献学者として名高いコルディエの旧蔵書で、彼の特徴的な蔵書票が見返しに貼られています。コルディエは自身の蔵書に漢名から一文字とった「高」の字を採用していたことがよく知られていて、この蔵書票が貼り付けられてあることから本書が彼の旧蔵書であったことがわかります。

「コルディエは漢名(高弟、高亭利など)の頭文字たる「高」の字を大きく描いた蔵書票の下部に「我れ逍遥す、故に我れあり (JE FLANE DONC JE SUIS)」と刻銘したように、単なる書斎派ではなく、大旅行家であり、地理学者でもあった。訪れなかったヨーロッパ諸国はまずなく、ロンドンの風景はパリ同様に見慣れたものだった。」(礪波護「コルディエ」高田時雄編『東洋学の系譜:欧米編』大修館書店、1996年より)

 本書にはこの特徴的なコルディの旧蔵書が貼られているだけでなく、大変美しく手の込んだ装丁が施されていることが目を惹きます。モロッコ革と呼ばれるシボの効いた高級皮革を用いて、さまざまな箔押しによる装飾が施された装丁は、当時のパリを代表する装丁師であるラパルリエによるもので、見返しの下部に彼の名前が小さく箔押しされているのが確認できます。コルディエはラパルリエにしばしば蔵書の装丁を依頼していたようで、彼による装丁が施された旧蔵本が大英図書館などで確認されています。美しく手の込んだ装丁は言うに及ばず、表紙の芯材に用いられる厚紙の端部分を微妙に斜めに削ぐことで表面の皮革の擦れによる傷みを和らげる細かな工夫がなされているなど、書物それ自身に対する細やかな心遣いが感じられる造本となっています。こうした装丁はある程度コルディエがラパルリエに要望や指示などを出した上で施されたものと思われますので、本書はコルディエの書物に対する深いこだわりと愛情が具現化された一冊ということもできるでしょう。

 また、本書にはスリエによる1839年5月付の直筆書簡と思われる文書が綴じ込まれており、これは本書の装丁に際してコルディエが特別に見つけ出して挿入することを依頼したものと思われます。本書自体は著者スリエの没後に刊行されたものですので、書簡の内容は直接本書の内容に関係するものではないようですが、コルディエが著者スリエに対しても強い関心を持っていたことを窺わせるもので、コルディエの文学趣味や嗜好を知る上でも興味深いものです。

 本書はこのように、東洋学者、東洋文献学者の大家として知られるコルディエの文学作品に対する関心や、書物それ自身に対する深いこだわりと愛情を伝える大変興味深い1冊です。よく知られるように、コルディの旧蔵書の大部分は、没後1927年に細川護立によって買い取られ、斯道文庫への寄託を経て、2020年から東洋文庫へと移されました。ただし、細川護立に買い取られた蔵書以外にもコルディエの旧蔵書が存在していたようで、本書もそうした散逸書の1冊ではないかと思われます。コルディエは東洋研究だけでなく、スタンダールの愛好家、書誌研究家としての側面も有していたことが知られており、本書はコルディエの東洋研究者とは異なる側面を垣間見せてくれる貴重な旧蔵本いうことができるでしょう。

*2020年に東洋文庫に寄託されることになったコルディエ文庫(旧蔵書)については、高田時雄 / 牧野元紀(聞き手)「コルディエ文庫来たる!:ヨーロッパ東洋学コレクションのなりたち」(前・後編)『東洋見聞録』第31号、第32号、2021年所収を参照。

当時のパリを代表する装丁師ラパルリエ(Paul Romain Raparlier, 1858 - 1900)による非常に手の込んだ美しい装丁が施されている。
見返し部分も非常に凝った作りとなっていて、そこに特徴的なコルディの蔵書票が貼り付けられてある。
縁取り装飾の下部に小さく装丁者であるラパルリエの名を見ることができる。コルディエはしばしば自身の蔵書の装丁を同氏に依頼していたようである。
「コルディエは漢名(高弟、高亭利など)の頭文字たる「高」の字を大きく描いた蔵書票の下部に「我れ逍遥す、故に我れあり (JE FLANE DONC JE SUIS)」と刻銘した」(礪波護「コルディエ」高田時雄編『東洋学の系譜:欧米編』大修館書店、1996年より)よく見ると本書に貼り付けられた蔵書表の右下には装丁者ラパルリエの名前が記されている。彼が装丁を手掛けた本だけにこの記載があるのか、あるいは蔵書票のデザイン自体をラパルリエが手掛けたのかは店主には不明。
オリジナルの紙表紙も残す形で綴じ込まれている。
著者スリエの直筆書簡。コルディエが本書の装丁を依頼するにあたって特別に見つけ出して綴じ込んだものと思われる。
本書は全体で500部限定、うち150部は「日本紙」とよばれる高級紙に印刷されており、本書は「日本紙」版の105番に相当する。
タイトルページ。本書は著者スリエ没後35年経ってから、新たに解説と挿絵を付して刊行された新装版。
本書のために新たに付け加えられた解説。
本文冒頭箇所。各章の冒頭に本書のために新たに制作された挿絵が掲載されている。
19世紀の刊本にありがちな染みや劣化がほとんど見られず、状態は良好といえる。
装丁時に付けられた栞も残っている。
本文末尾。
オリジナルの裏表紙も綴じ込まれている。
裏の見返しも大変美しい。
皮革の角の一部に擦れが見られるが、状態は大変良い。
小口は三方とも金箔押しが施されている。